ようこそ、ライス・ファクトリー★米工房へ!米工房ライス・エッセイ
風の旅人原田圭一さん
2004年2月1日(日曜日) 〜10月2日

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第1巻;2003年7月13日〜9月20日
第2巻;2003年9月25日〜1月24日
第3巻;2004年2月1日〜10月2日=このページです♪
▼2004年夏 ★ 姫路〜 北海道 風の旅人親子 北海道バイクツーリング2004夏!
「2004年夏 北海道 バイクの旅」1
「2004年夏 北海道 バイクの旅」2
姫路の風の旅人「タマネギもニンジンも、かけがえの無い生物であることに何等変わりありません。」


『風の旅人★エッセイ』

北海道は大騒ぎ!
ミラクル新庄擁する北海道日本ハムファイターズの日本一を目指す挑戦が始まっ た!

2004年10月1日 金曜日
おばんでやんす!週末でやんす!プレーオフの始まりでやんす!
虎キチを一時「封印」し、姫路の熊キチで行くんで宜しく!

> > 原田様、いかがお過ごしで有られようか?久保です。

★モチロ〜ン、日ハム対西武のプレーオフ第1ステージを
観てまっせ!でも、西武が8回表を10対4でリードしてんだよな・・・。

松坂VSミラクル新庄の対決は見応え十分!
あっ、今、松坂が新庄に危険球並みのボールを投げおった!(怒)
ウォー、メール打ってる間に日ハムが松坂を再び捕らえて、10対7にスコアが変わった♪けど、結局負けちゃった・・・・。
ヤベーヨ、先に大手を賭けられちゃった(泣)。

> > ■今年のMVPは、ヤクルトの古田と、イチローですな(笑)。

☆イチローって、ホンマに数年前まで神戸でプレーしとった選手なんやろうか?(笑)。
こんな「化け物」が神戸グリーンスタジアム(現;ヤフーBBスタジアム)で、バットを振ってたんやでぇ♪
スゲーなぁ、ゴー!ゴー!イチロー!


イチロー新記録で大騒ぎ!
北海道日本ハムファイターズが優勝すれば、新庄が益々有頂天になっちまう ぜ!!(笑)

2004年10月2日 土曜日
> ■やりましたなぁ、イチローセンセイ。
> 私もスゴイが、やつもスゴイ(笑)。
> かつて、一度だけ福岡で私は見ていますが、スターでしたなぁ!

★イチロー君が凄過ぎるのは良く分かるけど・・・・。
元宏さんは、何がスゴイのかなぁ?(笑)。
ちょっと、教えて頂戴な♪

> 四国リーグ、面白そうですね!

☆ホンマ、石毛も面白い事を打ち出したよね(^0^)。
プロでも、アマでも無い、地域独立型の新形態野球リーグ。
今後の展開に注目しましょう♪

2004年8月24日(火曜日) 『風の旅人★エッセイ』


2004夏の高校野球選手権大会<〜最終章〜>・・・そして・・・

8月、夏の阪神甲子園球場・・・。

日本各地で高校野球選手権地方大会を勝ち抜いた、
新鋭気鋭の47都道府県代表が、強豪と呼ばれる「名門」が、
そして今年春の選抜大会から「無敗」で勝ち抜き、
史上初の無敗による春夏連覇を目指す愛媛県代表「済美」が集う
第86回高校野球選手権大会が兵庫県西宮市に在る
阪神甲子園球場で今年も開幕した・・・・。

そして、ここに2年連続4回目の出場を決めた南北海道代表の
「駒大苫小牧」の姿が在った・・・北北海道代表の旭川北と共に。

目指すは北海道初の日本一!

「栄冠の大優勝旗」を北の大地へ。
津軽海峡を越えて持ち帰る悲願を達成する!決意を胸に
駒大苫小牧、4度目の挑戦が始まった・・・・。

初戦組み合わせの関係から、北と南の北海道代表とも一回戦は不戦勝。
2回戦からのスタートとなった。先ずは駒大苫小牧が
先陣を切って8月12日(木)の2回戦第1試合に登場!
長崎県代表「佐世保実業」を7対3で下し初戦突破!
幸先の良いスタートを切る。駒大苫小牧に続けと挑んだ翌日の
2回戦第一試合に登場した旭川北。しかし・・・・。
勝利の女神は、対戦相手の山口県代表「岩国」に微笑む。
3対6と言うスコアで旭川北は初戦敗退・・・・。

この裏で愛媛県代表の済美も同じく2回戦、8月12日の第四試合
から登場し、秋田県代表「秋田商業」を11対8で下して次にコマを
進めていた。この時点では、駒大苫小牧と済美の両校が今大会
決勝で対決するなど誰も予想していなかっただろう・・・。

その後も前評判通りの強さを済美は発揮する。3回戦で旭川北を
破った岩国を6対0の完封勝利で下した後は準々決勝で愛媛県の
強豪、中京大中京を2対1の僅差で勝利。そして準決勝で千葉県
代表「千葉経大付」を5対2で下して連覇の掛かった決勝の舞台へ!
そして、この優勝候補筆頭に「挑戦状」を叩き付けたのが南北海道
代表の駒大苫小牧だった。そう、彼らも勝ち続けていたのだ!

次の3回戦、8月16日(月)第一試合にコマを進めた駒大苫小牧は
西東京都代表「日大三」と対戦。途中、厳しい追い上げを食らう一面も
在ったが、7対6の僅差で逃げ切り、準々決勝進出を決める。

その後も神奈川県代表「横浜」を6対1で退け、北海道勢としては何と
76年ぶりの快挙となる大会ベスト4進出。準決勝の舞台へ!

8月21日(土)、大会準決勝が始まる。
47都道府県代表から勝ち残った4校の顔触れは、連覇に挑む
済美と山梨県の強豪「東海大甲府」を覗けば意外と呼べる組み
合わせだった。本来、夏に強いとされる地元関西や九州勢の姿は
其処に無く、勝った残りの2チームは初のベスト4。
千葉経大付にとっては、全国大会初出場での準決勝進出と言う
非常に面白い内容と言えた。

そして、準決勝第1試合を済美と千葉経大付が争い、
先にも述べた様に済美が先に決勝進出に名乗りを挙げた!
これに続けと言わんばかりに、決勝進出最後の切符を賭けた
駒大苫小牧と東海大甲府との準決勝第2試合が始まった。
先に動きが有ったのは駒大苫小牧。2回裏で2点先制して試合をリード。
しかし3回表で3点返され逆転を許すが、すかさず其の裏の回で2点追加し再逆転!
その後も点を追加し東海大甲府相手に10点の二桁得点を稼ぎ出す。
相手も流石強豪、東海大甲府も反撃に転じ、
6回以降は駒大苫小牧を無得点に封じながら得点を重ねて行く。
だが、反撃も9回表に最後の1点追加となった8対10でゲームセット。
終盤追い上げながらも序盤の攻勢が大きく勝因を分ける結果となった準決勝第2試合。
勝利の女神は駒大苫小牧に微笑んだ。

そして今日、8月22日(日)。
第86回高校野球選手権大会最終日「決勝戦」。
地方予選から数えて長い、本当に長い高校球児達の頂点を争う
「最後の一戦」が午後1時から甲子園で執り行われた。
戦うは春夏連覇を掲げ、春の選抜大会時から「無敗」記録を更新中の愛媛県代表済美。
高校野球ファンなら誰もが認める今年の優勝候補!
そして、夏の甲子園は勝てない北海道勢と言われ続けた定説を覆し、
ゼロからここまで勝ち上がって来た駒大苫小牧。
日本一を賭けた、高校野球史を塗り替える注目の戦いが幕を開けた!

済美は1回表、二死一、三塁から西田が右中間を破るタイムリー二塁打で先制!
駒大苫小牧はその裏、一死二塁から林の右中間を破る三塁打で1点。
さらに一、三塁と攻めたが、糸屋は三ゴロ併殺に終わった。

済美は2回表、一死満塁から小松の左翼犠牲フライで1点。
さらに二死満塁から連続押し出し四死球。この回で3点を加えた。

駒大苫小牧は3回裏、二死三塁から、糸屋の右中間三塁打と佐々木孝の
右中間二塁打で2点を返した。
4回には、一死三塁から沢井の左翼線二塁打で1点差とし、
さらに二死満塁から佐々木孝の中前2点適時打で逆転!
しかし、済美は5回表、二死二塁から福井の右翼への二塁打で同点。
さらに6回表、先頭・小松の左越え本塁打と西田の中前適時打、
田坂の左越え二塁打で3点を勝ち越した・・・・。

駒大苫小牧は6回裏無死一塁から、糸屋の左越え2ランで1点差とし、
二死二塁から五十嵐の左前適時打で追い付く!
そして、駒大苫小牧は7回裏、二死三塁から佐々木孝、桑島、鈴木の
3連続長短打で3点を勝ち越し!

済美は8回表に無死満塁から田坂の中犠飛で2点差としたが、駒大苫小牧はその裏、
二死二塁から、糸屋の中前適時打でリードを3点に広げ済美を突き放す!
その後、済美は9回表に無死一、三塁としたが、後続なく無得点。
最終バッターとなった済美・4番の鵜久森が、初球・内角高めのストレートを
打ち上げて万事休す!駒大苫小牧の主将、ショート・佐々木孝が
「ウイニング・ボール!」をしっかりと掴んで3アウト!

駒大苫小牧は、13対10で北海道勢として春夏通じて初の全国制覇を果たした!
済美の春夏連覇の偉業は、無敗記録更新諸共阻まれ夢に消えた・・・・。

歓喜がこだまする甲子園!北と南、戦い合った互いの球児が涙に濡れていた。
勝利の喜びに涙する者、 負けた悔しさに涙する者。ここに辿り着くまでに
乗り越えてきた日々を、辛かった練習に耐え、今やっと「開放」された己の胸に
去来する思いを抑えきれず号泣する者等・・・・。
終始、テレビ観戦していて心打たれた私の頬にも、熱い涙が伝い落ちていた。
本当に、全国一を決めるに相応しい、両校とも素晴らしい試合だった。
数々の困難を、ハンデと呼ばれる北海道の厳しい冬の気候と向き合いながら、
日々練習を積み重ねてきた駒大苫小牧ナイン。彼らは、過去繰り返された
「歴史」を塗り替えた。正に偉業を達成したのだ!

・・・過去、数え切れないほど道産子達が挑んだ夢・・・。
・・・あの、真紅の「大優勝旗」を北海道へ持ち帰ると・・・。
・・・津軽海峡を越えて、北の大地へ高らかに掲げるのだと・・・。
・・・そう、俺たちは日本一になって帰って来たと声を大にして叫ぶんだと!・・・。
・・・長き、遠き夢と思われ続けた夢は「現実」と成った・・・。
・・・今や、夏に勝てない北海道球児は存在しないのだ!・・・。

そう、もう勝てない北海道は「過去」の物。
駒大苫小牧の北海道勢「初」全国制覇達成と共に、
これからは優勝候補の一角に必ず「北の代表」も
名乗りを挙げ続けるだろう・・・。

だが、今は厳しい連戦に耐えた体をゆっくり休めて下さい。
そして、ジックリと勝利の喜びに浸って欲しい。実現出来た全ての事へ・・・・。
本当におめでとう!素晴らしい勝利でした!感動しました!
駒大苫小牧よ、偉大な歴史を築き者よ、栄冠は君に輝く!

<米工房ライター 風の旅人より>

追伸;私と同じ33歳の駒大苫小牧の香田誉士史監督におめでとうを言いたいで す。
「アンタは偉い!」ってね(笑)。
”熊っ子ラーメン”旭川ラーメン錦町店♪
2003年8月23日(日)Pm4に食べてきました!

熊っ子旭川ラーメン錦町店
北海道旭川市 錦町14丁目
(出光ガソリンスタンド裏、2丁先、生協前)
рO166−51−4903
11Am-8:30Pm
・チンジャオロース麺 850円
・ライス         150円

牛肉の甘味に、
紅ショウガが合う!
やや細身の麺は肉の汁で
甘くなっていて、
子供にも喜ばれそう。
オトナは、コショウを大目に
かけたら、スパイシーな牛肉がより楽しめるかも。
ネギをかみながら、
肉汁の出たスープを飲むと、
口の中で複雑な味が湧き出てきます。
中華料理を知っている者でも
楽しめる一品!
若いシェフの真摯な料理姿も
とても好感が持てます!
卓球の福原愛ちゃんに似ているママの優しい対応も、
お店のファンが多い秘密であると感じました。

米工房のお米を使って頂いている業務店様です。
文責;米工房HP店長 久保元宏

<北海道バイク旅行 2004夏>

私達親子夏の北海道バイクツーリングも2000年から始めて
早いもので今年で5年連続5回目を迎える事が出来ました。

バイクに乗り始める前から憧れていた地「北海道」。
中々それまで行く機会に恵まれず、父が還暦を迎え、
私が20代最後の年に漸く実現する事が出来ました。
初めての北海道、最初に巡ったのは道南中心でしたが、
お互い何も考えず、只夢中で駆け抜けました(笑)。
北海道の規模からすれば、道南は狭い印象を地図から
受けたんですが、実際走ってみれば大違いでした。
雄大且つ美しい海岸線が、積丹半島から函館へと続く国道沿い。
農場や牧場も多く立ち並び、その景色や変化に魅せられて・・・・。
只、圧倒されっぱなしでした。
これでドップリと北海道バイクツーリングに填まってしまった
我ら親子は帰宅後直ぐに「2年目(笑)」の準備に入り・・・・。
明けて2001年夏、再び北の地を踏みました。
前年と合わせて、この年でほぼ北海道の海岸線を走破!
更に「北海道熱(笑)」に逆上せ上がった我ら親子は、
今度は内陸部走破中心に切り替え、2002年「3度目」の
北海道バイクツーリングを敢行致しました!

インターネットで得た北海道情報を元に、知り合った御店を
訪ね始めたのもこの頃からで、最初は帯広のパン屋さん。
姫路の風の旅人「ますやパンの愛称で親しまれている帯広の名店です♪」
後は海産物系その他諸々・・・。年々、贅沢になって来ました(笑)。

そして昨年、美味い北海道産のお米を通信販売で売ってくれる
北海道のお米屋さんを探して知り合った縁で、沼田町の久保商店
へ初めて訪問させて頂きました。単なる御店と一顧客と言う間柄を
超えて、直接お会いする前から「中身の濃い(笑)」お付き合いを
展開(?)して来ましたよねぇ・・・ホンマに(^0^)。
姫路の風の旅人「タマネギもニンジンも、かけがえの無い生物であることに何等変わりありません。」
NHK連続ドラマ「すずらん」の舞台となった駅舎前でガッチリと
硬い握手を交わして別れた後も、日を空けずメールのやり取りを
続けて・・・・。それが久保商店、米工房HPを影から支える(?)
役割を担うネタに成り・・・・時は流れて2004年へ!

今年の北海道は、バイクツーリング的には過去巡った場所を再び
走る所も多くて、新鮮さにはやや欠ける部分も有ったんですが・・・。
それを補って余りある「酒宴」が、我ら親子来訪を祝して執り行われ
ました。帯広、続いて沼田町。訪ね歩いた先で私達親子を温かく
迎え入れて下さり、心から感謝致します。でも、気に成る点が・・・・。

帯広は別として、沼田町の酒宴の主役は私達原田親子では無く、
我々がバイクに乗せて、兵庫県姫路市から、はるばる北海道にまで運んできた
「播州姫路産のカミキリムシ」だったのでは・・・・と、気付いた私(笑)。
みんな見とくれ、おいら、シラホシカミキリだよ〜ん!
特に、同席されたカミキリムシ捕獲大号令の張本人(笑)。
どらーるの坂本社長から見れば、私の存在って下手をすれば
「関西バイク便(クール便)」のお兄ちゃんとしか思われていなかったりしてね!
(・・・まぁ、そんな事は無いって分かってますけど(笑)・・・)
美味しい北海道の古酒まで頂いて、感謝のお気持ちは十分頂きました。

こうして、夏の北海道を走り続けて5年の月日が流れました。
始めは単なるライダーとして、ツーリング天国と歌われる地を
目指していただけに過ぎませんでしたが、回を重ねる度に其の
目的や趣旨も変わり始め、今では其処に住む人との交流も
大切な年中行事となりました。この分で行くと、年々派手な事に
なって行きそうで・・・うーん、どうしましょう?(笑)。
まぁ、良いか!折角の夏期休暇、楽しけりゃ人生OKや!
これからも、宜しく御願い致します。



2004年7月 26日(月)、中島らも、死ぬ。享年52歳。

1996年7月27日
台北の故宮博物院を見る。圧倒的な宝物の量、質。北京のものとはケタがふたつくらい違う。
 なかでもおれは「如意」という一群の宝物に惹かれた。結婚のときに使う宝物らしいが、原初は「孫の手」だった そうな。
それが観念的にどんどん肥大していって一種の抽象的なオブジェになったもののよ うだ。
口で形態を説明するのはむずかしい。とにかく「如意」なんである。「如意」だけで三十本くらいあった。
 その他に、玉の中に玉がある。その玉の中にまた玉がある。都合十七重ねの玉があるという、象牙の、信じがたいような彫り物もあった。
どうやって彫ったのか誰にもわからない。お爺さんから孫まで、三代にわたって彫ったも のらしい。
 こうして見ていくと、おれには「皇帝の幼児性」のようなも のが透けて見えてくるような気がした。
 夜、士林(スーリン)の屋台村へ行って鉄板焼きを食べる。うまかった。
・・・中島らも『さかだち日記』(講談社、1999年4月15日発行)より
★「風の旅人さん」から、Eメールをいただきました。
「関西を代表する偉大な作家「中島らも」に哀悼の意を送 ります。」

おはよう御座います。
7月28日(水)、朝のお目覚め如何ですか!

> ■沼田町も最近は上空が不安定です。
> 雷、ごろごろ、ぴーです。
> 中島らもが死にましたね。
> 関西ではカリスマではないのですか?

★その通り、彼は関西に無くては成らない存在でした。
作家として、関西ラジオの夜のパーソナリティとして、
学生時代の私達世代に大きな影響力を持っていた
「変人(笑)」でした。その独特で掴み所の無いキャラは、
見飽きる事が無く、周りから愛されていました。

52歳と言う若さでこの世を去った彼。
酒に酔った勢いで階段を踏み外して転倒し、頭部を強打
した事による脳挫傷が原因で亡くなったと報じられていました。

酒をこよなく愛した中島らも。彼が亡くなったとニュースで
始め聞いた瞬間「酒で酔っ払って、コケて頭でも打ったんや
ないの?」て家族全員でテレビにツッ込んだら・・・・・。
ホンマ、その通りでした(笑)。

私達から見れば、常識外れで突拍子も無い事ばかりを
繰り返す人生を歩んでいた彼だから、人生の終焉も、ある意味
彼らしいかなって不思議と笑いを誘われ、悲しくは有りませんでした。
偉大な才能の死に、心からご冥福をお祈り致します。
2004年7月29日 4:35:37
宛先 : "Motohiro Kubo" <moto_kubo@hotmail.com>
件名 : 中島らも追加情報!

今日も姫路は雨の降りそうな気配など皆無な快晴で、
朝から気温も高くて午前11時現在で34.5度を記録(泣)。
早く避暑(沼田町)へ旅立ちたいと願う今日この頃・・・・。

> らも・・・。どーゆー由来?

☆ふっふっふ、誰もが最初に思うネタでしょう(笑)。
姉は中島らもの著作を何冊か持っていますが、
私自身は彼の作品を読んだ事は無いのです(不勉強者)。
ですから、確かか如何か確証は持てませんが、
彼が好きな地元大阪出身で、往年の名俳優の名から
取ったと言う話を思い出しました。
(多分、この方だったと思いますが)
         ↓
羅門光三郎(らもんみつさぶろう)
1901年10月10日/大阪市西成区今宮町生まれ。
本名:岩井憲次 成器商業学校中退。
27年年悪麗之助の独立プロの『彼は復讐を忘れたか』で映画デビュー。
同年東亜キネマに入社。
豪快なタイプで東亜時代劇スターの重要なひとりとなる。
東亜時代の代表作は『南国太平記』の益満休之助役。東亜のトップ女優原駒子と結婚。
31年東亜が東活となった後も在籍するが翌年退社。
富国映画社、宝塚キネマ、極東映画、甲陽映画社と転じる。
36年甲陽映画社の『奇傑黒鷲』前後篇ではじめて発声映画(サウンド版)を経験。
37年今井映画製作所を経て、翌年新興キネマ京都に入社。
41年大映に統合後も所属し、阪妻、千恵蔵、右太衛門、嵐寛の四大スターに次ぐ地位を
占める活躍。46年『狸になった和尚さん』以来主演から助演・脇役に回る。
その後左眼を失明し、63年映画界から姿を消す。
出演作品は戦前169本、戦後113本を数える。
1955.04.20 『鬼斬り若様』
1955.11.01 『いろは囃子』
1956.03.28 『浅太郎鴉』
1956.06.08 『花の兄弟』
1956.07.25 『花頭巾』
1956.11.07 『続花頭巾』
1958.11.08 『濡れ髪剣法』
1958.11.15 『伊賀の水月』
      ↑
「羅門」から「らも」と取ったそうな・・・。
これ以上の事は良く分かりません(笑)。


2004年 7月15日(木曜日)

久保さん、原田です、暑いです、辛抱たまらんっす!(笑)。

姫路は、溶けてしまいそうな朝か ら30度オーバー
真夏日。例年より相当早く梅雨明けした今年は、
梅雨時期の降水量の少なさから、水源地の水不足
も心配され始めています・・・。

まぁ、そんな時候の挨拶は如何でも良いっしょ!(笑)。
ところで、昨日、イキナリ送りつけて来たメールは何ぃ?!
おいら、シラホシカミキリだよ〜ん!カミキリムシだぁ?捕まえて送ってく れってぇ?!
知人の収集家に頼まれたのね・・・ふぅ、笑っちゃうわ。

それにしても、カミキリムシとは懐かしい響きです。
私も子供の頃は、夏になると虫捕りに夢中に成っていました。
佃煮が出来そうな位、虫かごに蝉を 毎日沢山獲って来たり、カブトムシやクワガタを獲りに近所の野山に蚊と格闘しながら分け入ったりとか
していましたね・・・・。

そんな中、本命の昆虫獲りで偶然捕まえていたのが
カミキリムシでした。
コイツだけを狙って獲った記憶は
過去に一度も無いですね。
それに、山の方へ態々探しに行かなくとも、街中の
住宅街へも良くカミキリムシは飛んできますから。
自宅の生垣や庭木を観察していると、毎年必ず数匹単位で見つかります。

北海道、沼田町にはカミキリムシって居るのですか?
気温の低い北海道は、昆虫の種類も少ないって印象が強いのですが・・・・・。

とにかく、こちら関西・中国地方 は糞暑い土地柄ですから
昆虫・害虫の類は豊富です (笑)。


関西市民を翻弄するオリックス・近鉄合併問題!

2004年6月16日(水曜日)


おはよう御座います。
6月16日の水曜日、朝のお目覚め如何ですか。
姫路の原田 圭一です。

先週末から、地元関西では阪神タイガースの勝敗結果より、
オリックスと近鉄との吸収合併問題がトップ記事で地元スポーツ紙は基より、
朝から晩まで関西民放テレビ各局を賑せています。

赤字経営に苦しむ大阪近鉄バッファローズがチーム売却も
視野に入れた交渉を多方面に行っていると言う話は、以前から
伝えられていたことでした。
先の阪急ブレーブスがオリックスブルーウェーブになり、
南海ホークスが福岡ダイエーホークスへと変わったように、
また関西のプロ野球チームが別の企業(私鉄⇒他業種)を
オーナーに持つ新しい体制へと移るのかと思っていました。

嘗て、関西に拠点を持つ多くのプロ野球チームを運営していたのは、
全て私鉄会社でした。
その内、上記の2チームが経営難を理由に売却され、内1チームは関西を去りました。
今、関西の私鉄会社が運営するチームは近鉄と阪神だけ。
しかし、この2チームは所属するリーグが違うと言う以前に、
人気が余りに違い過ぎている事は良く御分かりだと思います。
そう、異常(笑)とも言える阪神人気とは裏腹に、
常に寂しい観客動員数の近鉄バッファローズ。
大阪ドームに閑古鳥がこだまする状況では、自力回復も望めないか・・・・。

それにしても、私が今ひとつ解せないのが大阪市民の反応なのです。
今回の合併の主導権を握っているのはオリックス。
そう、事実上、近鉄は吸収消滅されてしまうのです。
半世紀に及ぶ球団史にピリオドが打たれようとする今、
大阪市民にとって近鉄バッファローズは無くては成らない
存在では無いのかと、抗議の声が殺到しても可笑しくない筈。
でも、大阪市民の反応は・・・・・。
        ↓
「仕方が無いのとちゃいますのん?」
「わしは阪神ファンやから気にせえへん」
「近鉄人気無いもんなぁ。関西は阪神が居ったらええで」
「オリックスと合併せなアカンのも時代の流れと違うかなぁ」
「それで、関西に強い球団が出来たらええやんか」
        ↑
こんな感じの声が多数を占めています。
広島東洋カープのような「市民球団」としてのスタイルを
取る方法もありますが、今の大阪市民の反応では、それを望む
ことは不可能でしょうね。日本のプロ野球はアメリカのメジャー
野球と違って「企業名」を全面に押し出したチーム名が広告塔の
役割を果たしています。メジャーでは、チーム名にオーナー企業
名が出ることはありません。例として、野茂が最初に在籍した当初
のロサンゼルス・ドジャーズと、今のドジャーズではチームオーナー
企業は変わっていますが、それが表に出ることはありません。
アメリカ市民が野球を愛し、チームを心から愛しているからこそ、
オーナー企業が変わることによってチームの印象が変わることを
一番に恐れ、同じスタイルを守り通しているのだそうです。
こうして、何十年もチームは無くなる事なく受け継がれて行く。
正に、アメリカのメジャーチームは「市民球団」の理想型です。

近鉄トップの合併発表の記者会見を見ていて感じた事は、
所詮、企業として利益を得る為だけの資産運用の一環として、
グループ企業内にプロ野球チームが存在し、投資に見合う収益を
確保出来ない「不良債権」と化した「バッファローズ」をこのまま放置
して置けば、親会社の存続を脅かしかねないので、値が付く間に
売り飛ばすと言うことですね。そこに、近鉄ファンや選手、現場の声
は一切含まれる事は無く、闇に葬り去られる訳ですか・・・・・(怒)。

現実的に見て、2つの球団がひとつになると言うことは、
互いのチームで選手の良いとこ取りをして強いチームを編成し、
余った人材は纏めて解雇。よくて他球団とトレードってところでしょう。
ここにも、利益至上主義の体質が色濃く出ていますね。
決して、近鉄側が言っていることは当たり前であって間違っては
いないのですが、企業同士の合併とは訳が違うだけに複雑です。

この問題を切っ掛けに更なる他チーム同士の合併や「1リーグ制」
への移行話も囁かれ始めた今、来期の日本プロ野球は如何なって行くのか。
非常に興味は尽きないところです。
現在のパ・リーグが行っているプレーオフ制度どころか、
日本シリーズも今年限りに成るやもしれませんな。
ある意味、阪神は昨年優勝して良かった
良い時代に優勝出来て良かったんだと思います。

米工房、久保さんの企業家としての率直な感想を
お聞かせ下さい。それでは、また!

追伸;阪神タイガースは大阪市民の物ではありません
あれは兵庫県西宮市に席を置く「兵庫県民」の物です(笑)。
全国ニュースの取材とかでも、大阪市民に取材してばかりいるから、
全国の視聴者が大阪には阪神タイガースが在るから
近鉄には関心が浅いのかって誤解するのですよ(笑)。

岡田阪神より目立つ
オリックス・近鉄連合騒動(苦笑)!

2004年6月17日(木曜日)


> ■4位以下のタイガースを見たくないとゆー意識の表層かも(笑)。

★き、気にしちゃ駄目っすよ!
そんなの気のせい、思い過ごしっす!! (現実逃避?)。

> ■私も「プロ」であるつもりが、「企業家」意識が低い(笑)。
> 合併は苦手ですが(笑)。
> とにかく、注目しなければならない動向ですね。

★昨日の阪神タイガース公式戦は前日の甲子園から東へ舞台を移し、
大阪近鉄バッファローズの本拠地、大阪ドームで対ヤクルト戦が行われ
ました。勝敗は阪神の2連勝で幕を下ろしましたが、
久保さんもナイター中継をご覧になって御気付きに成られたと思います。
球場スタンド席は虎ファンで「満員御礼」状態でした。

今年最初の大阪ドームでの阪神タイガース公式戦だったのですが、
これも巨額赤字で火達磨の大阪ドームの集客率を少しでも上げる
苦肉の策なのです。大阪ドームの主役たる近鉄では十分な集客
(収益)が見込めない今、他球場へ遠征中に空いた状態の球場を
使って他チームの公式戦、特に阪神タイガースを軸とした人気球団
同士の対戦試合を誘致したり、人気歌手のコンサート会場に使用して
貰ったりと、少しでも球場収入を得て債務の返済に充てようと必死
なのです。でも、それって何か悲しい話ですね・・・・。

同じ関西で昔から親しみのあるチーム同士。チームを運営するのも
阪神と近鉄、大手私鉄会社として関西経済の一角を担う者同士。
生い立ちや、措かれた環境は似た点が多い。
しかしながら、何故、ここまで人気に差が出てしまうのか?
ここ数年前までズタボロの最下位、地べたを這い付くばっていた
ボケ虎だった頃でも、当時の近鉄より断然人気がありました(笑)。
地元野球ファンを魅了する要素が、近鉄より阪神に多く含まれて
いるからなのでしょう。確かに、近鉄は地味な印象が強いですから。
近鉄人気を支えていた、2枚看板の一人ローズが今期から巨人に
移籍したことも近鉄人気を下降させた要因。残った看板選手も
中村ノリだけでは、余りにファンを魅了する要素が少ないでしょう。
財政難のチーム状況では大型補強どころか、現戦力の維持も
間々ならず、まぁ、それが原因でローズが他チームへ移籍する
事になったのですけど。今後は如何風が吹いて行くのか・・・・。

温情溢れる問題解決へ少しでも近付く事を祈っています。


<・・・きっかけは、「本命」ツーリングの予備やってん (笑)・・・>
2004年ゴールデン・ ウィーク四国へのバイク旅
2004年5月5日(水曜日)

昨年(2003年)は、10月に鳥取・大山への親子ツーリング中に、オヤジの転倒、自爆事故と言う波乱に満ちた事件が発生し、廃車は免れたけど 自慢のハーレーの長期入院(後に全治約三ヵ月半と判明(笑))と共に、オヤジ自身も骨折などの大怪我こそ無いものの、転倒時に腰を強打したお 陰で、事故から2か月位は松葉杖無しでは満足に歩く事も出来ない有様となり、我ら原田親子でのツーリングも数ヶ月を残して早々に終了と相成り ました・・・(泣)。

翌月の11月頭に予定していた和歌山ツーリングも中止となり、折角手配していた宿も御破算。まぁ、ボヤいても仕方が無いもんね。オヤジが無事 やったからこそ、あーだこーだと文句が言えるんやし、またオヤジが「復活(笑)」を遂げてから行ったらええんや!
そう、自分に言い聞かせながら、横目で松葉杖を付きながら家を徘徊するオヤジを見て溜息を付きつつ、昨シーズンは静に終わりを告げて行きまし た・・・・。

明けて2004年1月末、ようやくオヤジも松葉杖無しで違和感の無い人並みの歩き方が出来るようになった頃、御世話に成っている姫路のハー レーショップから、オヤジのソフィテールデュースの修理が完了したとの一報が・・・・や、やっとバイクも復活かぁ!!(喜)。
先日まで「何時まで待たせるねん?!」と周囲に怒りをぶちまけていたオヤジ。この間まで1人で便所にすら行けなくて家族に散々迷惑を掛けた自 分の醜態は棚上げして置いて、他人の行いには厳しい御方(笑)。でも本当は、1月末になってバイクにも再び乗れると、自分で漸く手ごたえを自 身の体に感じ取れたんだと思います。何分、私と違って「還暦過ぎた高齢」な御身ですので・・・・・回復にも時間が掛かりますもん(笑)。 ショップから連絡を受けたオヤジは端から見ていても鬱陶しい位「満面」の笑みを浮かべてバイクを「身請け」に行きました(笑)。我が家のガ レージへ復活を遂げたソフィテールデュース。私のZZR1100と久々に並び立つ姿を見てオヤジと同時に発した言葉は「これで、また一緒に走 れるでぇ♪」でした。そう、ちょっと遅れちゃったけど、今年の親子でのバイクシーズンが幕を開けたのです!

先ずは互いに体慣らしも兼ねて近場での日帰りツーリングで春先までを凌ぎ、その間にゴールデンウィーク休暇を狙ったロングツーリングを計画し 準備に。「オヤジ&ハーレー復活」を祝いたい私の思いも含んだ当計画なんで、出来ればお互いに未だバイクで行った事の無い場所を目指 そうと第一候補に挙がったのが「南九州」。北九州は以前に走った事がありますので、今回は宮崎の日南海岸や鹿児島の桜島を見たいなぁーて親子 で意見が一致しましてん。2番目に候補として私が挙げたのが、昨年の秋に行く予定だった和歌山方面へのツーリング。正確には三重県の伊勢方面 から紀伊半島海岸線沿いを時計回りで走破する内容だったんですけど、これはオヤジ様から「却下」されました。「何でやねん?」と聞き返してみ たら、「ゴールデンウィークは車が混むから嫌や!」と一言・・・・・(笑)。
そりゃね、三重の伊勢や和歌山の勝浦・串本とかは人気スポットで関西や中部方面から大挙して観光客が訪れるからやって理由なのは良く分かる話 やけど、「日本全国、ゴールデンウィークに混雑せえへん観光地なんて在るかぁ?!」と ボケオヤジにツッコミ返し!(笑)。さて、気を取り直して3番目の候補に挙げたのが四国方面へのツーリング。お互いにソロでは何度か走った経 験はあるけど、それも一部の地域のみ。高知県の足摺岬から愛媛県へと続く西海岸、佐多岬は互いに走った経験が無いので実質この四国行きか、本 命の南九州行きかでツーリング先を決めることにしました。流石に南九州は自走で行くのは辛いので、大阪南港から往復でフェリーを使って行く事 に。でも肝心のフェリーの乗船予約が取れるか如何かに懸かってんだよなあ・・・・・何せこの時期は混むもんね。フェリーの乗船予約が始まるの は乗船希望日の二ヶ月前から。電話で船会社に予約を申し込む訳だけど、私、アッサリと「敗退」しました。そう、取れなかったんですよ乗船予約 が・・・・(泣)。
「満席です!」やっとこさ繋がった電話の受話器から伝わる冷たい事務的な響き・・・。他にも神戸から出ている九州行きフェリーにも当たってみ ましたが、結果は同じ・・・・・ふっ、空しいぜ(笑)。よって、自走で行く四国ツーリングが 決定となり、ゴールデンウィーク当日に向けて旅の準備に入りました・・・。

<親子で瀬戸大橋初渡りやねん!!>

2004年5月1日(土)、いよいよツーリング当日を迎えましたぁ〜♪
まぁ、ここに至るまでに色々ありましたけどねぇ(笑)。でも、お互い元気で旅を始められるんだから良しとしましょう。午前8時に兵庫県姫路市の自宅を出発 した親子ライダーは市道を北上し、山陽自動車道姫路西ICへ。そこから山陽道を西へ進み、倉敷Jctから瀬戸中央道へと進んで行 く。流石にゴールデンウィーク真っ只中と在ってか、結構、車の量が多くてチョッとウンザリやね。でも、車の流れが悪いとかって訳や無いし、そこはバイクの機動力を生かしてドカーンと行っちゃえー!(笑)。気になる空模様は曇り気味で、雨こそ降る心配は無いって天気予報でも言うてたけ ど・・・・・何か、スッキリせえへんわ。親子で折角揃っての瀬戸大橋「初渡り」、メモリアルな日やと言うのに。「お天道様も、もうちょっと気を効かしたら如何やっちゅうねん!」と天に向って文句を言う始末な私♪
瀬戸大橋だぁああ!!<ゴールデン・ウィーク、四国へのバイク旅行!>
鷲羽山のトンネルを抜けると直ぐに巨大な瀬戸大橋ゾーンが始まる・・・・。
親子で、ここを渡るのが長年の夢だったのよねぇ。中々一緒に四国へ行くチャンスが今まで無くて、実現するまで時間が掛かったけど良かったわ。 これで、橋を渡る料金が安けりゃ言うこと無いのにほんま(笑)。リーマンライダーにゃ、痛い出費さ通行料は!!
だから、早く走り抜けたら勿体無いとペースを落とし、走行車線をトロトロと時間 を掛けて進んで行く親子ライダー・・・・・そう、元は確り取らないとね!これ、関西人の基本よ!!
瀬戸大橋横断途中、香川県与島PAで休憩&橋をバックにツーショット!
その後、一気に瀬戸大橋を渡りきって旅の舞台は四国の大地へと移り行くのでした・・・。

<親子昼食メニューで対立?讃岐うどんVS祖谷そば!>

瀬戸中央道坂出ICを出てからR11、県道46号を経由してR32を徳島方面へ進んで行く我ら親子一行。高速から地道に移っても車の数が多い のは相変わらずってとこやねほんま、ウンザリしちゃう(笑)。それでも信号が少ないのに助けられて、結構快調に走ることが出来てラッキーや わ。猪ノ鼻峠を越えて徳島県入りを果たした頃に、丁度お腹も空いてきた(笑)。時計を見ると午前11時前、信号待ちで止まった時にオヤジと相 談して、この先の適当な食いもん屋で昼食を取る事に・・・。まぁ、場所が讃岐うどん本場なもんやから、無難に「昼はうどんやろなぁ」と思って いた私。それに、オヤジは重度の蕎麦粉アレルギーなんで、蕎麦粉を使ったメニューは一切厳禁。そのお陰で、今までどれだけ美味そうな日本各地 の蕎麦屋を「素通り」してきたことか・・・(泣)。だから親子で行く時のツーリングコースに、御そばの本場とかは「極力」外すことにしており ますハイ。だって、一緒だと絶対食わせて貰えないんだもん・・・・・(笑)。
★Ah ! 「祖谷そば」って看板も・・・。あっ、そうか!徳島県の祖谷っちゅうたら貴方、四国でも数少ない蕎麦の本場やないですか!
R32を高知方面へ快調に南下して行くと「小歩危・大歩危」が近い事を知らせる標識と平行して、祖谷って地名が目に付き始めた。「祖谷そ ば」って看板も・・・。あっ、そうか!徳島県の祖谷っちゅうたら貴方、四国でも数少ない蕎麦の 本場やないですか。あっちゃー、忘れとったわ私(笑)。まーた、通過せなアカンのやろなぁと諦めかけたその時、祖谷渓へ入 る県道32号との交差点に面した一軒の蕎麦屋に視線を注目!何と、そこの看板には「うどん」の文字が書かれているじゃありませんか!!「ここ に決定や♪」と言うまでも無く、先に店へと入って行くオヤジ様(笑)。ほんま、分かり易い人で助かるわ♪
親子差し向かいで昼食を取り、私は定石通りに祖谷そばをざるで頂き、対するオヤジは讃岐うどんをざるで。初夏を思わせる蒸し暑い気候には最適 で、そして互いに食べたい物が味わえた親子喧嘩の無い貴重な昼食と相成りまして一件落着♪ご馳走様でした。

<行くぜ!親子で足摺岬へ!!>

昼食を終えた我ら親子ライダーは再びR32を南下。進行方向左手に見えてきた小歩危と大歩危の美しい渓谷美に心打たれながら、渓谷に沿って曲 がりくねった国道を軽快に駆け抜けて行く。途中で何度も見かけた、渓谷を横断する形で掛けられたこいのぼりが微風に吹かれて優雅に泳ぐ姿が印 象的だったなあ・・・・・。
★高知県入りして大豊町から高知自動車道へ!
その後、高知県入りして大豊町から高知自動車道へ入った私達は、初日の最終目的地&宿泊地たる足摺岬目指して高知自動車道の終点、須崎東IC まで一気に移動。そこからR56、R321と左手に太平洋を眺めつつ、時には行楽客の渋滞に捕まりながらも元気に走り抜いて午後4時過ぎに土 佐清水市に到着!そこから、足摺スカイラインを親子でステップから火花が散るまで攻めまくり(笑)、ついに足摺岬に到達致しましたぁ!!
ついに足摺岬に到達致しましたぁ!!美しい〜♪
めっちゃ綺麗な場所ですねぇ!訪れているライダーの数も半端や無いのに吃驚仰天!!中には遠く宮城県からやってきたBMW集団も居たりと顔ぶ れも多彩。もちろん、バッチリ親子でツーショットも取りました。
足摺岬のジョン万次郎さん、こんにちは♪
ふぅ、後は宿へ直行だぁ(笑)。本日の宿は、足摺岬からは目と鼻の先のあしずり温泉郷みさきホテル。
ついに足摺温泉ホテル!気持ちの好い温泉と美味い飯をタップリ頂き、寝酒に飲んだ地酒「司牡丹」が我ら親子を快眠へと誘ってくれました・・・・・(爆)。
気持ちの好い温泉と美味い飯をタップリ頂き、寝酒に飲んだ地酒「司牡丹」が我ら親子を快眠へと誘ってくれました・・・・・(爆)。

<先行き不安な空模様・・・>

5月1日の夜、寝る前に部屋のテレビで見た天気予報が気になり午前6時には目を覚ましていた2日の朝。そう、四国西岸部は早ければ朝の内から 雨が降りだす所があるって話だったんやけど、ほんと勘弁して頂戴ってとこやわ(笑)。私1人で ツーリングに出掛ける時は滅多に雨に遭わないのに、オヤジと一緒だと雨合羽装着走行が多くてねぇ。以前に、どっちが「雨 男」かってことで、つまんねえ言い合いもしたっけ・・・(笑)。でも、ホテルの窓越しに眺める足摺岬の今にも雨が振り出しそうな雲行きに溜息 を付きつつ、未だ就寝中のオヤジを叩き起こして出発の準備に入りました。

みさきホテルを午前8時過ぎに出発した私達は、県道27号を経て土佐清水港へ。そこからR321(足摺サニーロード)を西へと進んで行く。若 干小雨模様の天気と成り、何時本降りになるのかと冷や冷やしながらのツーリングとなったけど、昨日と違って車の通行量も極めて少なく、また信 号機が少ないのも手伝って、とっても気持ち好い走りが出来るぞ!それに、予想した通りの美しい変化にとんだ景色が堪能出来て嬉しいぜ!!これ で、スッキリと空が晴れ渡ってくれたら最高やのにと、私が「雨男」と決め付けている隣で走行中のオヤジを横目で恨めしそうに睨みながら、途中 道の駅とかで休憩を挟みつつ、親子ライダー快走2日目の旅は進んで行きました・・・・・。

<親子ライダー!試練のライディング?!>

高知県から四国最後の訪問地、愛媛県へと入った親子一行。宇和島市から松山方面へ向う行楽客の長い渋滞に捕まり、すり抜けも中々思うように進 まない状況に結構イライラさせられた。しかし、その後に待ち受けていた運命を知れば、まだ渋滞の列に填まっていた方が楽だったんじゃないかっ て思えたんだけど・・・。でも、この時は渋滞から早く抜けて楽になりたいって気持ちで一杯だったから、考えもつかなかったけどね(笑)。

四国西海岸線走破を掲げて来た我らにとって、出来るだけ海沿いのルートを選択しようと渋滞を避ける意味も含んで北宇和郡吉田町からR378へ 入り、そこから佐多岬半島の付け根、西宇和郡保内町を目指したんですが・・・・このリアス式海岸線ルートがめっちゃ厳しい内容だったんです。 走った経験が有る方なら分かるでしょうけど、何せ道幅が凄く狭い。細い路地裏みたいな箇所が圧倒的に多くて、軽自動車同士でも擦れ違う事が不 可能な曲がりくねった道だらけ。所々で道路の拡張工事を行っていましたが、古い漁村など民家が立ち並ぶ地域や断崖絶壁な海岸線では昔からの古 い道幅の間々・・・。カーブに設置されたミラーに映る対向車の情報頼りに、時速40km位の我慢のライディングを強いられることになりました (泣)。それで結構ヘロヘロに消耗させられながらR378からR197へと道を変え、午後1時を回って漸く保内町へ着き、昼食をここで見つけ たうどん屋で済ませながら佐多岬行きに備えて暫し体力回復に努めました。

<親子ライダー!四国最先端の佐多岬に立つ!!>

午後二時にうどん屋を出た私達は、佐多岬先端を目指してR197を西へ快走!
もう、先程までの狭いコースが嘘みたいに走り易い佐多岬半島の道に感動(笑)しながら、一気に九州・佐賀関とを結ぶフェリーが発着する三崎港 へと辿り着く。ここでフェリーの乗船待ちをする大勢のライダー達と遭遇し、ピースサインの交換がめっちゃ忙しいかったなぁ!(喜)。さて、こ こから県道256線へとバイクを進め、更に佐多岬突端を目指した訳ですが、又も険しく狭っ苦しい当ルートが我ら親子を「歓迎」してくれました (泣)。
只ね、私達の前とかに車とか走っていなけりゃ、それほど辛くは無かったんですよ。それなのに、細 いカーブ道をノロノロと停止寸前のペースで走るボケ車が居たお陰で、クラッチを切る左手が引き攣りそうになったりとかして 大変でした(泣)。そんな車をパスして前に出たくても、結構対向車が多い上に抜けそうな場所も中々無くて最悪でしたわほんま。佐多岬物産セン ター前で如何にか車の列を抜け出した私達は、午後3時過ぎに漸く佐多岬灯台駐車場へと入りました。ふぅ、ほんまに疲れたでぇ・・・・・キツイ 道程やったわぁ。でも、苦労して走って来ただけの甲斐は有ったと言うもの。この、素晴らしい佐多岬灯台から眺める展望が、我ら親子を心から 労ってくれました。めっちゃ綺麗やで、佐多岬!最高!!
めっちゃ綺麗やで、佐多岬!最高!!
岬を吹き上げる強い浜風と、激しい潮流が見せる波間の景色が、強烈な印象となって我ら親子に思い出となって残りました・・・・。

<今宵は「坊ちゃんの湯」で人心地着こうじゃないか〜♪>

2日目の予定も後は宿へと向うだけ。今宵の宿は道後温泉だぁーい(笑)。オヤジは若い頃から忘れる位利用しているそうですが(笑)、私は初め てなんです道後温泉。恐らく、大量の観光客&ライダーが押し掛けているんだろうなあって想像しながら、又もキツイ道程を往復して行く親子一 行。いや、ほんと、もう勘弁してくれ左手の握力が無いねん私(笑)。そうボヤきながらも、何とか日暮れまでには道後温泉が在る松山市入りを果 たしたい我々はR197を保内町まで戻り、そこから松山方面へ向けてR378へ移るや否や一気にペースを加速させ、遅い車を軽快にパスして伊 予灘沿いを北東へと駆けて行く!と、言いますか、単にオヤジがめっちゃ飛ばし始めたのに、息子の私が仕方無く付いていっただけって気がするけ どなあ・・・・今にして思えば(笑)。傍迷惑な親子ライダーでした♪

オヤジのハイペースな走りも有ってか、何とか明るい内に松山市入りを果たした私達は、一路道後温泉へとコマを進めた。でも道後温泉手前で渋滞 に捕まり、バイクでも身動きが取れない状態に。嗚呼、もう目の前だってぇのに・・・疲れたぜぇ全く。ボケーと信号待ちの列に並んでいた内に、 親子共々松山市内を走る路面電車の軌道内にいることに気付かず、サイレンをならして近付く路面電車にもうちょっとで轢かれそうになる場面 も・・・・(笑)。そんなボケも繰り返しながら午後6時を回ってやっと道後温泉に到着。今日の宿泊先は「坊ちゃんの湯」で有名な道後温泉本館 から歩いて徒歩2分と言うホテル玉菊荘。
昔ながらの町屋が立ち並ぶ一角に在って、とっても親しみ易い宿だなーて印象を受けました。バイクをシャッター付きのホテル駐車場に押し込み、 チャックインを済ませて手荷物を宿泊部屋に押し込むや否や、私達は一路、坊ちゃんの湯目指して道後温泉本館へGO!
「坊ちゃんの湯」で有名な道後温泉本館 !
しかし、道後温泉本館前は入浴待ちの観光客で長蛇の列!えっ、最低1時間半から2時間待ちやっ てぇ?!嘘でしょ、えっマジで、ほんまなんけ?!・・・・・ショック(泣)。
流石にダメだこりゃって宿まで引揚げて来たら、宿のおかみさんにまで玉菊荘の大浴場を使うように進められた。おかみさん曰く「入 浴客の垢に浸かりに行くようなもんよ!」て言われちゃったしな(笑)。折角だけど、ここは素直に諦めて宿の湯で人心地着こ う。だって、元は同じ原泉だもん(笑)。ふぅ、好いお湯だった、気持ち好かった わぁ♪

そして入浴後は美味い食事に舌鼓、冷えたビールが旨味促進!極楽極楽!!(笑)。
入浴後は美味い食事に舌鼓、冷えたビールが旨味促進!極楽極楽(爆)。
食欲を満たした親子は再び道後の町へと繰り出し、御土産を漁りながら最後は地元のスナックで閉店するまで飲み明かし、最後は宿 に締め出しを食らうオチまで付いた2日目となりました・・・・(笑)。

<旅の締めは、しまなみ海道巡り旅>

ふぁーと、めっちゃ眠いし体はだるいし好い事無いなぁ全く・・・(笑)。前日にいい加減走り疲れていた癖に、深夜まで親子そろって飲みまくっ た為か、どちらもホテルから食事の準備が出来た午前8時の室内連絡のベルでやっとこさ目を覚ましました(笑)。いよいよ四国ツーリングも最終 日となる5月3日となり、道後温泉を離れた後は今治を目指し、そこから「しまなみ海道」を通って本州へ戻り、一路自宅の兵庫県姫路市を目指し ます。半分寝ぼけた頭で朝食と出発の準備を終え、心配そうに見つめる玉菊荘のおかみさんに見送られながら道後温泉を後にした私達(笑)は、県 道187号を経てR317へ進み奥道後温泉前を通過。子一時間程度で今治市へと辿り着いた我らは、いよいよ今ツーリング最後のイベント、しま なみ海道へとバイクを進めて行きました。しまなみへと入った最初に在る来島SAで、来島海峡大橋をバックにツーショット!そして、珍しい御土 産もゲット!!
その土産とは如何に?そう、愛媛限定キティの「坊ちゃん&マドンナ」で御座います(笑)。北海道で限定キティを見た時から日本の郷土色を強く 打ち出した御当地キティに転んじゃってね。全く、大の三十路男が買う物じゃねー だろって気も当然していますが・・・・・(笑)。このサンリオ伝統のキャラと日本文化の見事なまでのアンバランスなコラボレーションが好いの よ!(笑)。そうは言っても、土産物コーナーのレジに並んでいるライダーで、キティグッズを嬉しそうに持っていた奴は、私一人だけでしたけど ね・・・・・(爆)。

ツーリングバックに「坊ちゃん&マドンナ」キティ二体をネットで固定し、オヤジにまで白い目で睨まれながら旅を再会した私達。しまなみ海道は 部分的にしか高速道路が開通していない状況なので、一部島の道路が次の高速へと繋ぐバイパス的役割を果たす面白い流れとなっています。ただ駆 け足で高速を駆ける瀬戸大橋より、島の景色や其処で暮らす人たちの生活観が感じ取れて、四国方面へと渡るルートとしては此方の方が好みかなっ て気がしました。オヤジさんも同意見だったらしく、今度は時間を掛けてしまなみ海道だけをジックリと巡ってみたいとか・・・・。私も今度は秋 位に、島を一つ一つ巡ってみようっと!

空は初日から変わらず曇り空、でも此処まで一度も雨合羽の世話に成らずに走ってこれた。親子で御泊りツーリングとしては、何年ぶりの快挙かし ら?(笑)。心地好い潮風を受けながら終点の尾道まで走りきった私達は、そのままR2バイパスを経由して山陽自動車道福山西ICへと進み、山 陽道を東へと進路を取りました。途中、福山SAの軽食コーナーで昼食の尾道ラーメンをゲット!この時、食券買機横の御土産コーナーに岡山・広 島の限定キティコーナーが出来ていたことに気付き、昼飯忘れて物色を始めたところをオヤジに見つかり現実に引き戻される一幕も・・・(笑)。 昼食後は空模様が気になるので休憩無しに走りきり、午後二時過ぎに兵庫県姫路の自宅へと帰って来ました。

まぁ、それなりに大変な行程も一部発生しましたが、全般的には非常に楽しい親子ツーリングが出来て幸せでした。何と言っても、雨らしい雨に殆 ど遭わなかったことは奇跡に近い(笑)。如何か、夏に行う北海道ツーリングも、この調子で行ってくれたらと今から祈らずには居られない、私達 親子で御座いました。
(了)



4月3日(土)、諏訪酒造のイベン トに参加して来ました!
2004年4月3日 土曜日

こんばんわ、久保さん。

ここ最近、自分のバイクが「お酒のバイク便(笑)」と化していることに
今頃気付いた、マヌケな旅ボケ野郎。ご存知、風の旅人で御座います(^0^)。

えぇ〜と、前回の宣言通り、またも諏訪酒造ネタをお送りします(笑)。

この前告知しました通り、諏訪酒造の直販部「梶屋」が4/3(土)にリニューアルオープンするのを記念して、
智頭町を挙げての御祭り「酒蔵さくら祭り」が多くの来賓を招いて盛大に執り行われました〜♪

そして、わたくし風の旅人も、前回「梶屋」にて買い込みすぎた酒(笑)を持ち帰るのも「目的」の一環として、
招待も受けた訳でも無いのに、再びノコノコと兵庫県姫路市から、当イベント参加の為に出向いて参りましたぁ〜♪

<当日の朝、出発前の自宅にて・・・>

イベント開催が午前11時だったので、その時間ジャストに到着を狙って自宅を午前9時半に出発。
当日は、酒蔵前は大変混雑が予想されるので、
車での来場者は、近くの小学校前の町営無料駐車場を利用して下さいと言われたんだけど、オイラは「バイク」な訳だしね(笑)・・・・・・。
どうすりゃ良いんだろって、現地に着いて慌てるのもイヤだったんで、出発前に諏訪酒造「梶屋」に直接電話を入れてみたら・・・・。
              ↓
<諏訪酒造・梶屋>「はい、諏訪酒造直販部の梶屋で御座います」
<風の旅人>「私、先日の日曜日にバイクで姫路から御酒を買いに寄らせて頂きました・・・・」
<諏訪酒造・梶屋>「あぁ、はいはい、たしか姫路の原田さんでしたねぇ」
<風の旅人>「そうです(笑)」
<諏訪酒造・梶屋>「あのぅ、例のお買い上げ頂きました生酒でしたら、
             ちゃんとラベルを貼って、2本取り措いてありますから・・・」
<風の旅人>「ありがとうございます!実は、その件の確認で御電話を差し上げた
         訳では無いんですよ」
<諏訪酒造・梶屋>「はい?如何言ったご用件でしょうか?」
<風の旅人>「今日のイベントに参加する為に、前回訪れた時と同じくバイクで
         諏訪酒造さんへ行きますが、どちらに駐車させて頂いたら良いの
         かなって思ったものですから・・・」
<諏訪酒造・梶屋>「そうですねぇ・・・。お車でしたら、町営の駐車場に停めて
             頂くように、皆様に御願いしているんですが・・・。バイクなら、
             邪魔にならないのなら、蔵元に停めて頂いても結構ですよ」
<風の旅人>「宜しいのですか?もし、ご迷惑で無いのでしたらありがたいのですが」
<諏訪酒造・梶屋>「はい、構いませんよ。あっ、それから原田さん?!」
<風の旅人>「何でしょうか?」
<諏訪酒造・梶屋>「尾瀬先生、昨日からいらしゃってますよ!」
<風の旅人>「えぇ、ほんまですかぁ?!(^0^)」
<諏訪酒造・梶屋>「はい、一般のお客様は午前11時からじゃないと、こちらには
             ご入場出来ません。それまで関係者の式典やら、色々と予定が
             ありますから。ですから、午前11時到着を狙って此方へ来て
             頂いたら、尾瀬先生と御会い出来ると思います」
<風の旅人>「分かりましたぁ!午前11時ジャストにお伺いします!」
<諏訪酒造・梶屋>「はい(笑)、では原田さん、道中気を付けて起こし下さいませ」
              ↓
電話を入れて大正解やったねぇ!
諏訪酒造に「内諾」を得た上、漫画「夏子の酒」の原作者、尾瀬あきら先生が間違 い無く訪問されている情報も得られたぜぇ!!
「石橋を叩いて渡る」、手堅い人生を歩いているぜ、オイラもなぁ(笑)。
こんな感じで、上機嫌でバイクにクーラーやら撮影機材を積み込んで、私は諏訪酒造がある北へ進路を取りました(^0^)・・・・。

<諏訪酒造、酒蔵さくら祭りレポート!>

朝起きた時、先週の週末と同じくらい気持ちの良い快晴に恵まれていたのに、
北の方からスッキリとしない雲が広がり、それが北へと向う私の気持ちを少し重くした。

「まぁ、雨さえ降らへんかったら良いけどねぇ〜♪」

結構肌寒い風を受けながら兵庫県を抜け、一端岡山県に入る。そこから岡山県と鳥取県とを隔てた 峠越えをしたら直ぐが智頭町となるのですが、
この当たりに差し掛かった時に、湿った冷たい風と共に、ポツリ、ポツリと小雨が降り始めた・・・・・。

「ちっ、やっぱ降って来たやんけ!(泣)」

折角、自宅から気持ち良く走って来たのにとブツブツぼやきながら、バイクに付いているデジタル時計を見ると午前10時53分だった。
だいたい、良い時間に来てるじゃん!(笑)。
残り、僅か十数キロ・・・。もう、急ぐ必要は無い(笑)。後は、車の流れに任せるだけさ!
峠で降られた雨も如何にか止み、午前11時ジャストに私は智頭宿へと入って行った・・・。

「あれぇ?如何なってるねん?!」

自分の勝手な想像から、大分蔵元の手前から訪れる客の列で混雑すると予想していた
だけに、意外なほどに人や車が居ない状況なので、ちょっと肩透かしを食らった気分(笑)。
あっさりと、蔵元前まで辿り着いてしまったよ(^0^)。でも、ちょっと、周りの「視線」が・・・・。

そう、めちゃくちゃ目立ってしまいましたぁぁぁ!!!(恥)
流石に蔵元内は、蔵人や地元自治会の方々、来訪者で溢れていましたし、この方々の視線を一手に引き受けてしまった私は、
とりあえず邪魔にならない場所にと、諏訪酒造の隣に立つ智頭町公民館前に駐輪させてもらいました。
そして、バイクを降りた私は積荷のタンクバックから撮影機材を出して準備をしていたら、
先ほど遠巻きに「鋭い視線(笑)」を送って来た地元のおばちゃん集団が、私に話しかけて来ました・・・。
                 ↓
<地元のおばちゃん集団>「兄ちゃん、良い単車に乗ってるなぁ・・・」
<風の旅人>「はい、ありがとう御座います!(^0^)」
(・・・即座に、現金な受け答えをする、単純明快な私〜♪(笑)・・・)
<地元のおばちゃん集団>「未だ、卸したばかりの新車やろ?」
<風の旅人>「いいえ、もう乗り出して6年経ってますよ」
<地元のおばちゃん集団>「ひえー!(驚)、嘘みたい。大事にしとってんやねぇ」
<風の旅人>「はい、もちろん!(笑)」
(・・・オレにとっちゃ、使い込んだバイクが新車に見えるってなぁ、最高の褒め言葉さ・・・)
<地元のおばちゃん集団>「ところで兄ちゃん、あんた何処から来たの?」
<風の旅人>「兵庫県姫路市からです。このお祭りを見る為にね!」
<地元のおばちゃん集団>「まぁ、態々ありがとうね!兄ちゃん、あんた良い子やわぁ(笑)」
<風の旅人>「どうも、ありがとう御座います(笑)」

そんな感じで、地元のおばちゃんと束の間のスロー・トーク(笑)を楽しんだ後、
荷物担げて諏訪酒造へと歩いて行きました・・・。

以前、梶屋の仮店舗が設置してあったスペースに、今回のさくら祭りにと地元有志が立てた地元物産品販売のテントが有り、
そこで私は来場記念品として諏訪泉の酒粕を貰いました。モチ、無料支給です。い よ、太っ腹だぜ諏訪酒造(笑)・・・・・。

その後、直ぐに新店舗「梶屋」内に入ると、直ぐに目に飛び込んで来たのは奥に設えられた尾瀬あきら先生のコーナー。
夏子の酒用に書き下ろされたイラストや作中にて紹介された大吟醸「鵬」の描かれた漫画原稿の展示、そして先生の作品集などが措かれた棚など。
尾瀬あきらファンには、たまらない内容となっていました(笑)。うぅ〜ん、好いぜぇ!
諏訪酒造「梶屋」内 漫画家「尾瀬あきら」コーナー
しかし、尾瀬先生は何処へ?・・・・。それらしい人が、コーナーにいらっしゃらないぞ?
首を捻りながら、梶屋の試飲コーナーで前回訪れた時に対応して下さった女性蔵人を見つけたので、話をしてみました。
             ↓
<風の旅人>「どうも、こんにちは!」
<女性蔵人>「まぁ、原田さん。尾瀬先生でしたら、先ほどまで其方に立ってらしたんですよ」
<風の旅人>「それでは、尾瀬先生は今何処にいらっしゃいますか?」
<女性蔵人>「こちらと反対側の、先ほどきりんじし舞を行った式典会場に居られます」
<風の旅人>「式典会場の来賓席用テントですか?」
<女性蔵人>「そうです、あっ、今ですね、別の者に案内させますから」
<風の旅人>「いやぁ、まだ式典は続いていますし、それに面識も無い私が行き成り訪ねて
         言ったら、先生のみならず、周りの方々にもご迷惑をお掛けしますから・・・・」
<女性蔵人>「いえ、折角二度も先生と御会いする為に足を運んでいらっしゃっているのに、
         どうぞ御遠慮なさらないで下さい。さぁ、この者の後に付いて行って下さい」

タイミングが悪かったと、今回諦めようとしていた私を半ば「強引(笑)」に引き立てる形で
気を使って下さった諏訪酒造さんの御好意に甘える形で、私は案内役を引き受けて
下さった別の女性蔵人さんと一緒に、式典会場へ足を運んだが・・・・。
来賓として訪れていた鳥取県知事や智頭町長といったお偉いさんの話が続く中へ、
無神経に割って入るほど常識知らずな私では無かったので、何とか先生に連絡を取り付け
ようとしていた女性蔵人に断りを入れ、再び私は梶屋へと戻りました・・・・・(TT)。
             ↓
<女性蔵人>「あっ、原田さん!尾瀬先生とお話は出来ましたか?!」
<風の旅人>「いえ、未だ式典は続いていますから・・・諦めました」
<女性蔵人>「そうですかぁ・・・・。先生も、式典が終わられたら直ぐに帰られますしね」
<風の旅人>「まぁ、また何時か御会い出来ることもあるでしょう」
<女性蔵人>「そうですね、お力になれなくて申し訳ありませんでした」
<風の旅人>「いやぁ、そんな、お気遣い無く。この前に梶屋へこなかったら、尾瀬先生
         がいらっしゃるなんて知らなかった事ですし、気にしてないですよ(笑)」

そうして、優しく対応して下さった彼女を労いながら、預けて措いた生酒2本と新たに買い求めた300mlの純米古酒1986の2本を持って梶 屋を離れ、
公民館前に駐輪していた自分のバイクまで戻って来ました・・・。

「何か、妙に賑やかな声がするなぁ?」
バイクに買った酒を積み込みながら、背中越しに智頭町公民館の2階から聞こえてくる声に耳を傾けていた時、
先ほど尾瀬先生と連絡を取り付けてくれようとしたもう1人の女性蔵人が公民館に遣ってきた。そして、驚きの台詞を私に向って一言・・・・。

<もう1人の女性蔵人>「原田さん、尾瀬先生でしたら今、この公民館の2階におられますよ。
               どうぞ、中に入られては?」

折角の御好意だけど、尾瀬先生以外に県や町のお偉いさんも同席されていらっしゃる中へ、とても入って行けないよぅ(泣)。
もう、如何でも良い!オレには、とことん運が無いねん!
だから、丁重に、断腸の思いで、お断り致しましたよ・・・・くぅ、空しいぜぇ、オレはよぅ(TT)。

前回以上に美味しい御酒を一杯持って帰ろうとしながら、この日の春空と同じ、スッキリと晴れ渡らない気持ちで諏訪酒造を離れた私では有りまし たが、
本来の目的は御酒と酒蔵自体だった筈(笑)・・・・。余計な欲を持った結果、罰が当たったんだと思うな私・・・(^0^)。

でも、まぁ、何時か御会い出来る日を夢見ていようと改めて誓った4月3日の出来事でした。

<おまけ>

如何でした久保さん?
相変わらず「運無しなアホ」で御座いますが、お楽しみ頂けたでしょうか。

当日の模様を伝える写真を数点撮って来ました。
このメールに添付して送らせて頂きますね。

この写真の中で、一枚気に入った物がありましてね。
諏訪酒造と公民館を隔てた路地の風景を納めたものです。
諏訪酒造♪諏訪酒造と公民館を隔てた路地の風景を納めたものです。「智頭宿を見つめ続ける路地桜」
この風景を見て、また一句、捻ってみました(^0^)。

「智頭宿を見つめ続ける路地桜」

どうも、お粗末様でしたぁ〜♪



<美味しい酒がオレを呼んでいるぅ〜♪>
2004年3月28日 日曜日
こんばんわ!先日の日本酒ネタは如何だったでしょうか?!
穏やかで、爽やかな絶好のバイクツーリング日和に恵まれた3月28日(日)。
久々の酒蔵巡りに大興奮した、姫路の「のん兵衛」、風の旅人でぇ〜す!(^0^)
酒蔵へ赤いバイクで〜♪私、調子に乗ってお酒をバイクの「積載オーバー(笑)」まで買い込んじゃって。
▲酒蔵の前の「ZZ−R1100D6」って言う、カワサキの大型バイク!
昨晩、「利き酒師でソムリエール」の姉と私が買ってきた諏訪酒 造の
お酒を共に飲み交わしながら、熱い御酒談義を展開しました〜♪
久保さんから頼まれましたワインの件も、その席でしかと申し付け
ましたので、評価結果はもう暫くお待ち下さい(^0^)。
それにしても、本当に、この18年熟成古酒って素晴らしい・・・・・。
過去に飲んだ経験の有る古酒で間違い無く、一位か二位に君臨
するレベルです。いや、それだけじゃない。過去味わって来た日本酒の
中でも、間違い無くトップに来るお酒じゃないかしらって思う・・・。

今週の4月3日(土)、私は諏訪酒造のイベントへ行って来ますが、
昨晩仕事で行けず、無念の涙を呑んだ姉から例の古酒を「2本」買って
来るよう指令を受けました(笑)。利き酒師たる姉もこう言っていました。
                   ↓
「私が知った古酒の中でも、これは一番かも知れない。
過去に40年熟成古酒って物凄いヤツを利き酒した経験があるんやけれど、
それはもうお酒としての形を保っていなかったわ。
つまり、恐ろしくひねてしまって、別の液体に変化してしまってさぁ(笑)。
日本酒もずっと寝かせりゃ美味しくなるとは限らないって言う
見本のひとつやと思ったけれど、これは上手に年を重ねてきた、
綺麗に時間を過ごしてきたって印象の御酒やねぇ。
これほど長い年月を掛けて熟成されているのに、よく古酒に有りがちな
独特の癖が感じられない。フェレッシュな日本酒の「角」が旨く丸められて、
凄く円やかさが際立って、其れでいて濃厚な口当たり。
でも全然味は重くない。むしろ、軽い。
それに、飲んだ後の爽快感が素晴らしい・・・。
今、あんたが買って来てくれた純米吟醸の満天星を飲んでみて、
この古酒との関連性も見えて来たわ。このまろやかなで非常に飲 みやすい
特性の満天星(諏訪泉)などを、如何にきめ細かい品質管理をして、
これほどの古酒にまで仕上げたのかって事をね。良い勉強になっ たわ!」

この日は本当に「幸せな一日」となりました(笑)・・・・・。
いやぁ、ほんまに久々の鳥取県の諏訪酒造訪問、約2年半ぶりってとこかしら・・・・。
智頭町は毎年必ずツーリングとかで「通過」してんだけれど、立ち寄ったのは
ほんと久しぶりっすねぇ。う〜ん、美味しい酒がオレを呼んでいるぅ〜♪。

昔はね、諏訪酒造ってところは、蔵元直販は行っていなかったんですよ。
だから、ここのお酒は、この前送った大丸百貨店ネタみたいに、鳥取の
酒販店とかじゃなかったら手に入らなかったんです・・・・。
それが、3年くらい前に蔵元が代替わりをされて、新しい社長さんが直接
お客さんに、自社のお酒をアピールして行こうと、梶屋って言う今回利用した、
酒蔵を改装された直販部を設けて、自社醸造酒の紹介及び試飲、各種蔵元
企画イベント情報紹介など、消費者へ日本酒に対する積極的な理解を求める
運動を始められたのです・・・・。

おかげで、蔵元直で素晴らしいお酒が手に入るようになりました・・・・(^0^)。
小さな田園風景広がる智頭町の古い宿場町「智頭宿」。穏やかで清き水の
せせらぎが心地好い、町の中央を流れる千代川の伏流水(軟水)を使って
仕込む諏訪酒造の酒。その落ち着いた酒蔵の佇まいは、都会の生活に疲れた
人を癒す力を持っているように感じます・・・・。

3月28日は冒頭にも述べた通り、快晴で湿度も低く、夏の北海道を思わせるような
非常に心地好い気候となり、バイク乗りにゃ最適な一日と成りました(^0^)。
それに、日帰りで行くには適度な距離なんですよ。私ん家と智頭町まではね・・・。

兵庫県姫路市勝原町から鳥取県八頭郡智頭町までは片道約80km・・・・。
「えっ、そんなもんなん?」て、思いませんか?意外と思ったほどに距離は無いのです。
ねっ、日帰りのバイクツーリングには「最適」な距離ですよねぇ〜♪(^0^)。
片道の行程で、途中休憩を挟んで「2時間」も有れば、智頭町までは十分行けます!
(ちなみに、地道オンリーの行程ですから。私、ぶっ飛ばしたり致しません!(大嘘))

諏訪酒造「梶屋」を訪れた様子や諏訪酒造を撮影した写真、蔵元から頂いた
パンフレットのスキャナーデータをメールに添付して送りますね(^0^)・・・・・。
※(それに加えて、自宅で微笑む不気味な私のおまけ写真も添えて・・・・(笑))

こちらのお酒は、花から作られた酵母にて醸された御酒以外は全て試飲させて
頂きました。えぇ、それも「何杯」も・・・・(笑)。だってぇ、美味しいんだもん〜♪(爆)。

今期の寒仕込みで醸された純米酒の生酒から始まって、最後は究極とも呼べる
長期熟成酒まで・・・・美味い(笑)。純米から本醸造系まで、万遍なく利き酒しましたが、
本醸造(アル添タイプ)も美味さが際立ち、違和感は無く、とても飲み易かったのが
印象的でした。蔵元曰く、千代川の軟水で仕込むウチの酒は女性的で、とても軟らかな
口当たりで飲み易く、女性にオススメの御酒だと御客に良く言われると話されました。
一通りの銘柄を利いた、私の感想も同じでしたね。そう、とても落ち着いた味なんですよ。
最後に、こちらの仕込み水も頂きました(^0^)。とっても、まろやか〜な味のお水です!
こちらの御酒、女性の方なら確かに御好みと仰るかも知れません。今回取って来た
写真の中にも写っていましたが、蔵元直販を担当されていらっしゃる蔵人は女性です。
この方たちも、とても飲み易いと感想を述べておられましたから・・・ただ、ここの酒以外
は余り良く知らないとも言っていましたけどね(^0^)・・・・・(大爆笑)。

でも、私、調子に乗ってお酒をバイクの「積載オーバー(笑)」まで買い込んじゃって。
断腸の思いで・・・・・諏訪酒造に預かって貰いました(TT)・・・・・(大ボケ炸裂)。
(買い込んだ銘柄・商品リスト一覧)
          ↓
・純米吟醸酒「満天星」720ml×1本
・長期熟成純米酒 諏訪泉「純米古酒1986」720ml×1本
・蔵出し直販限定 純米酒「生酒」720ml×2本(蔵元預かり中(笑))
・大吟醸「鵬」酒粕500g袋×2

本当は、宅配か何かで送ってもらえば済むんだけれど、買った直後に聞いた
驚きの蔵元情報、4月3日に行われる諏訪酒造イベントに参加表明(笑)。
その日まで、買った生酒を「お預けの刑」に処することを決めました(笑)・・・・。
そして、その情報とは?!

そう、「夏子の酒」の原作者、尾瀬あきら先生が諏訪酒造のイベントに参加されるの
です!こちらのHPやイベント告知パンフレットにゃ、いらっしゃるなんて「一言」も
書いていないのに・・・・。オフレコと言うことで、御酒話で盛り上がった諏訪酒造さんの
方から教えて下さいました〜♪(わたし、大ファンなんです尾瀬先生〜♪)
私が、夏子の酒で日本酒に填まったって話や、実の姉が利き酒師でソムリエール
だって話もして、それから利き酒した感想を利いた銘柄毎に色々言った御蔭かしらんって、
諏訪酒造を離れた後で思いました(笑)・・・・。

諏訪酒造ネタを書いたのがきっかけで、発作的に思い立って、諏訪酒造への日帰り
ツーリングを決行致しました(笑)が、予想以上の成果を上げてる事と成り、幸せ一杯な
一日を送る事が出来ました(^0^)・・・・・・。
特に帰りは、自宅に帰るまで、諏訪酒造で最後に味わった純米古酒1986の余韻が
味わえて・・・・・。この酒、半端じゃありません!この琥珀色に輝く御酒、後口が素晴ら
しく好いのです!

飲んだ口当たりは既に日本酒の其れでは無く、シングルモルトウイスキーのような味と
香りを感じさせるのですが、同じ穀物系を原料とするにしても、ウイスキーは麦を蒸留
して作りますから、米を麹の力で糖に変え、さらに発酵させて御酒にする日本酒とは
根本的に違います。それに、一見口当たりが近い印象を受けましたが、飲んだ後の
印象がまるで違います。とても軽く、そして、喉や胃に優しく落ち着く感じがするのです。
ここが、酒米で醸された御酒たる証拠なんですね(^0^)。恐るべし、18年熟成酒(笑)。

今回試飲した中で、買わせて貰ったお酒と料理とのバランスを考えてみると、生酒は、
食前酒として頂くのが好いと思います。熟成酒には無い、出来立ての新鮮さが命の
御酒ですから、食事で胃を満たされる前の感覚で諏訪酒造の「蔵風」を味わってみて
は如何かなって思います・・・・。

そして、純米吟醸酒「満天星」は食中酒として頂くのに宜しいかと。癖の無い、 さっぱりと
して、まろやかな風味である満天星は、和洋中を問わず、色んな料理に合いそうな特性を
持っていると感じました。そして、最後に究極の長期熟成酒ですが・・・・。

純米古酒1986は、文句無しに食後酒として頂くことをオススメします(^0^)。
何故なら、この熟成の極み、濃厚でありながら非常にまろやかで飲み易い個性溢れる
お酒は、どんな料理を食べた後でも、それらを越えて自らを鮮烈にアピールするだけの
力強さを兼ね備えているから。いや、先に味わった物を打ち消す力を持っていると言った
方が正解かも知れないなぁ・・・。久保さんにも、是非味合わせたいです!

次回、諏訪酒造を訪れた時、私は今回試飲しなかった花酵母のお酒を飲んでみよう と
思います。そして、尾瀬あきら先生と御会いして、色んなお話が出来れば良いなぁって、
思っています。もちろん、サイン色紙&デジカメ&ビデオは忘れず「持参」致します(笑)。
尾瀬先生とのツーショットが実現できるか?!こう御期待あれ!!
(・・・買った生酒も持って帰るの忘れないようにしなきゃね(笑)・・・)

以上、風の旅人より、諏訪酒造へのバイクツーリングレポートでした!



<まもなく、姫路は花見(桜)のシーズンです(^^)>
2004年3月26日

こんばんわ、久保さん!先日は、おらが郷土の珍味「いかなごのくぎ煮」を米工房HPトップに取り上げて頂き、ありがとう御座いました。
今月は公私共に結構忙しくてメールも頻繁にやり取り出来ず、また先日ネタ文を送ってから、
後日、久 保さん御自身のHP更新ネタを読ませて頂き、私も「負けてられますかいぃ!」と、妙な対抗心を燃やす有様(笑)。

春真っ盛りと成りつつある播州姫路も、もう少しで桜の鮮やかなピンク色に町が彩られる日が訪れます。満開の桜の木の下、行う事と言ったら貴 方、
やっぱ「酒盛り!ドンチャン騒ぎ!間違い無い!(笑)」でしょう(^^)・・・・。
そこで、今回のネタとして着目したのが御酒、「日本酒」で訳ですわ。

美味い肴(桜)にや、美味い酒が必要でしょう〜♪(美女も忘れずにね!(^^))
そんなとこで、私、風の旅人が過去から触れ合って来た、出会った美味しいお酒、日本酒に纏わるエピソードをこれから暫く書いて行こうかなぁ〜 て・・・・。
宜しければ、暫しお付き合いのほどを・・・・・(^^)。

それでは、風の旅人「のん兵衛紀行(笑)」の始まりでぇ〜す♪

<始まりは、近所の酒屋で見つけた美味い酒との出会いから>

私がツーリング・ライダーとして、会社の休暇日を利用し、西日本を中心に各地を転々と旅を行っているってお話は、過去にも何度かお伝えしまし たよね。
その一環として、旅の要素に取り入れているのが「酒蔵巡り」なんです(^^)。

私が酒蔵へ足を運ぶようになったのは、未だバイクに乗るようになる前からでした。
とは言っても、ごく限られた蔵元だけでしたから、本格的に多くの蔵元を回り始めたのは、バイクに乗り出してから。
それも今乗っているZZ−R1100D6って言う、カワサキの大型バイクに乗るようになってからでしてね・・・・・。

地元の日本酒(地酒)を扱う酒屋で出会った、自分好みで美味しいと感じた銘柄のことをもっと知りたいと思った時に、「醸造元まで行ってみよう か!」
と思い立ったのが、この酒蔵巡りの旅を始めるきっかけでした・・・・・。
新潟の地酒が人気を呼んだのが始まりで全国に広まった「地酒ブーム」。
それまで、大手メーカーの三増酒がメインの照明や品温管理の滅茶苦茶な酒屋の日本酒コーナーが、加湿器付きの冷蔵庫や紫外線などの照射対策に
気を配った、ワインセラー並みの装備を誇る徹底した品質管理の地酒コーナーに早や変わり(^^)・・・・・。いやはや、びっくりしました わぁ、ほんま(笑)。
そして、播州平野に住みながら、北は北海道から、南は九州までの珍しい地酒が手に入るようになり、色んな土地の「味」を知ることが出来るよう になりました。

こうして、近所の酒屋を通して知った、気に入った銘柄を作っている蔵元へGO!。
普通車で行っちゃうと、単なる「移動」で終わっちゃうけれど、バイクで行くなら、その蔵元まで行く「行程」が、楽しい旅になるから嬉しいよ ねぇ〜♪
そこが、バイクの良い所で有り、同じ蔵元へ行ったと言う喜びも、全然違ってくるから良いのよ〜ん(^^)。
だって、あんなド派手で、でっかいバイクで酒を買いに来る客なんて、滅多に居ないから蔵元も一発で私を覚えてくれるもん(爆)。
米工房に昨年押しかけた私を見た時、久保さんが感じた印象と、多分一緒やと私は思いますよ。どこの蔵元もね!(・・・のん兵衛バンザ イ!・・・)。

そんな感じで、行き先(蔵元)を決め、走るルートを選択する。
そして迎えた当日の朝、ZZ-Rのキャリアに720mlの酒瓶なら4本くらい入りそうな(笑)愛用のクーラーボックスを固定し、蔵元への旅が 始まるのです。
とりあえず、日帰りで行ける蔵元が主体のバイクツーリングですわ!(^^)。
年に何度か、連泊して行うツーリング時に、普段日帰りで行けない蔵元へ足を運んだりもしているんですよ〜♪では、では、本題へ行ってみよう!

<酒蔵巡り・バイクツーリングの巻(その壱)>

それでは、風の旅人推薦の蔵元として、最初に選んだ鳥取県の醸造元、清酒「諏訪泉(すわいずみ)」で有名な諏訪酒造(株)をご紹介します。

もう、随分、昔になるなぁ・・・・・(^^)。
この蔵元は、漫画「夏子の酒」の作中に紹介されていたのを見て知りました。
そして、この蔵元が生み出した名酒として名高い大吟醸「鵬(おおとり)」と共に・・・。

蔵元の所在地は鳥取県の八頭郡智頭町だと知り、一度蔵元へ直接出向いてみたいなぁと思いながら、漫画を読んだ9月中旬の週末、
鳥取砂丘までバイクツーリングを楽しんだ帰りに、JR鳥取駅南前のダイエー鳥取店(当時、現在は閉店)地下食料品売り場の手作り豆腐工房へ絹 こし豆腐を買いに訪れていた時、
店のおばさんと何気に鳥取県の地酒話をしてみたら・・・・・。
                      ↓
<豆腐屋のおばちゃん>「お兄ちゃん、JR鳥取駅前の大丸は知ってる?」
<風の旅人(^^)>「えぇ、ここと駅を挟んで反対側の百貨店ですね!」
<豆腐屋のおばちゃん>「あそこの地下の食料品売り場へは行ったことあるの?」
<風の旅人(^^)>「ハイ、何度かありますけど・・・それが、何か?」
                      ↓
こう答えた後、何か含みを持たせた笑みを浮かべながら彼女が語った次の言葉に、私は釘付けになりました・・・・(笑)。
                      ↓
<豆腐屋のおばちゃん>「あそこにね、在るんやわぁ。鵬がね(^^)・・・」
<風の旅人(^^)>「えー、マジっすかぁ!ほんまに置いてありますのん?!」
<豆腐屋のおばちゃん>「ふふっ、お酒のコーナーに言ってごらん(^^)」
                      ↓
近所の酒屋で見つけられず、鳥取県まで出向いて来た時にでも、こちらの酒屋で探すか、やはり直接蔵元へ行くかと考えていただけに、
思わぬところで情報が得られてラッキーやと、思わずおばちゃんに喜びの握手を交わした私(アホ)。
急いでダイエーを飛び出し、外で待っていたZZ-R1100D6に買った豆腐を積み込み、バイクを大丸鳥取店へと向けました。
そして、またZZ-Rに「お留守番(笑)」を申しつけ、私は再び地下食料品売り場に潜ったのであります(爆)・・・・・。
      ↓
そして、リカーコーナーを発見!!!
なっ、何と、鳥取の地酒コーナーがぁぁあああ!!
しかも、吟醸酒クラスは全て、冷蔵庫にて品質管理されてんじゃん!(^^)。
逸る気持ちを抑えながら、お酒販売の担当者に話をしてみた・・・・・。
      ↓
<風の旅人>「あのぅ、鵬って、吟醸酒はありますか?」
<大丸>「ハイ、御座いますが、どのタイプを御希望ですか?」
                   ↓
・・・・へっ?タイプって何さ?純米タイプか本醸造(アル添)タイプかってこと?・・・・
私が「?」て表情で首を捻っていると、担当者の方が笑いながら冷蔵庫に入っていた日本酒のビンを数点取り出し、レジのカウンターに並べて説明 して下さった。
                   ↓
<大丸>「御希望の鵬にも、大きく2種類あるんですよ。どちらも大吟醸であること
      は同じなんですが、純米酒タイプと醸造アルコールが添加された本醸造
      タイプの物が御座います。お客様が御希望されるのはどちらでしょうか?」
<風の旅人>「私は、米と米麹と水だけで醸す酒こそ日本酒だと思ってますから(^^)」
<大丸>「ぷっ(笑)、それでしたら純米大吟醸の鵬ですね(^^)」
・・・・そう仰りながら、私に純米大吟醸「鵬」の酒瓶を手渡して下さった(^^)・・・・。
                   ↓
<風の旅人>「うわぁ、嬉しいなぁ〜♪態々、姫路から出向いてきた甲斐が
         有ったし、蔵元まで行く手間が省けたぁ〜♪」
<大丸>「態々、姫路から買いに来られたのですか?!」
<風の旅人>「ハイ、バイクに保冷用クーラーボックスを積んでね(^^)」
                   ↓
この言葉を聞いて妙に感じ入ったのか、喜んで買って帰ろうとする私を呼止め・・・。
そして、冷蔵庫の奥から、別の重厚なダンボールの化粧箱に収められた酒瓶を私の前に数点並べた・・・・・。
                   ↓
<風の旅人>「あのぅ、この御酒達は?・・・」
<大丸>「同じ純米大吟醸の鵬ですが、古酒として、何年も蔵元で寝かされた品です」
通常、吟醸酒は普通酒や精米歩合60%までの純米酒、本醸造酒のようにその年仕込んだ酒を出荷するのでは無く、最低一年は蔵元で熟成させて出 荷します。
ですが、中には3年以上熟成させて出荷する銘柄もあり、一般に古酒としても、重宝されている数少ない日本酒です。
10年寝かして、琥珀色になった物なんかも在ったりして、無色透明な日本酒ばかりじゃないってことなんですねぇ・・・・・。
                   ↓
<風の旅人>「これが、鵬の古酒だと?!」
<大丸>「ハイ、その通りです(^^)」
鵬のラベルには、「ビンテージ1993」や「ビンテージ1994」と書かれていた・・・。
(・・・ちなみに、この時私がココを訪れた年は、1998年の9月です・・・)
                   ↓
日本酒の長期熟成、只でさえコストの掛かる吟醸酒を一年余りで出荷せずに、こうして何年も蔵元で熟成させる。それには、自らが手掛ける酒に対 する
徹底した信念、経験や高い技術が無ければ出来ない事だと私は思いました。
そして、滅多に手に入らない貴重なこの御酒を、お分けしましょうと大丸さんは言って下さったのですぅ〜♪(^^)。
                   ↓
<風の旅人>「でも、宜しいのですか?ご自分用に取っていらしたのでは?」
<大丸>「いやぁ、日本酒の事を良く御存知でいらっしゃるし、それに、バイク
      にクーラーを載せて態々鳥取の地酒を買い付けに来られた。それも、
      諏訪酒造の鵬とは、同好の士としては嬉しいじゃないですか(^^)」
                   ↓
・・・ニコッと笑いながら、さぁ、どの銘柄にされますかと尋ねられ・・・・・・。
・・・私は即断出来ずに迷っちゃって(笑)・・・そして、決断!(いよ!酒バカ!)。
                   ↓
<風の旅人>「それでは、御好意に甘えて、ビンテージ1994を1本!」
<大丸>「ハイ、それ以外は如何ですか?」
<風の旅人>「それと、通常の純米大吟醸鵬を1本。以上で御願いします」
<大丸>「もう、それだけで宜しいですか?」
<風の旅人>「ハイ、懐も寂しくなっちゃいますから(爆)」
<大丸>「はっはっは!(笑)」
<風の旅人>「真面目な話、普通の鵬とビンテージ物との違いが、これで
         呑み比べ出来ますから(^^)」
<大丸>「多分、そう仰るだろうって気がしてました(^^)」
<風の旅人>「それでは、貴重な品を買わせて頂き感謝します!」
<大丸>「いいえ、また、どうぞいらして下さい!」
                   ↓
こうして、JR鳥取駅前を離れ、R29を姫路方面へ帰路に付いたZZ−Rのキャリアに乗っかるクー ラーボックスの中で、
絹こし豆腐と地酒最高峰の日本酒が仲良く「ダンス」を踊りつつ、故郷を後にした んですわ・・・・・(笑)。
そして、自宅に戻った私はその日の晩、買ってきた豆腐を冷奴として酒の肴とし、二種類の鵬を早速利き酒してみる事にしました・・・・。
                   ↓
先ずは、純米大吟醸の鵬(通常出荷品)から・・・・。
非常にスッキリとした佇まいを感じ、味、香り共にバランスの取れたソフトな旨味がある、ちょっと辛口の御酒です。
特に、酸味と香りの調和が素晴らしい・・・後口も爽やかで飲み易いなぁ。
                   ↓
これに対して、鵬のビンテージ1994はと言うと・・・・。
上記の鵬の特性を更に深めたって印象が強いですねぇ。
より円やかに、味も円熟の極みと言った感じ。普通に売られている鵬が、始めに飲んだ鵬が、未だ熟成途中の若い酒に感じるほどに、酒の差を
感じ取ってしまい、日本酒の奥の深さを思い知りました(^^)・・・・。
                   ↓
その後、ビンテージは手に入っていませんが、近所の酒屋で鵬は手に入るようになりましたので、思い出しては買って飲んだりしています。
諏訪酒造がある智頭町もバイクツーリングで年に何度も訪れていて、もちろん御酒のことも忘れていませんから、そちらへもチョロチョロとね (笑)。
まぁ、スンゲー片田舎ですけどね(笑)。でも、そんな小さな田園風景広がる田舎町の小さな蔵元だからこそ、誠実で真面目な酒造りが伝承されて いて、
世に素晴らしい日本酒を送り出しているんだと私は思います。
鵬も、最初は蔵元で直接味わった訳ではなかったけれど、結構良い思い出となりました〜♪。鳥取県は他にも美味しい銘柄が目白押しですから、
これからも解説を交えつつ、ご紹介して行きますんで御付き合い下さい。

※今回ご紹介した蔵元、諏訪酒造(株)の場所は下記の通りです。諏訪酒造も自社HPを開設してますぜ!社名をクリック!
                  ↓
諏訪酒造株式会社
〒689-1402 鳥取県八頭郡智頭町大字智頭451
0858-75-0618
主な銘柄は「大吟醸 鵬」「純米酒 満天星」「純米酒 諏訪泉」他。

今回の日本酒話はこれにて終了〜♪
次回をお楽しみに〜♪


今日は久保さん、2003阪神・ダイエー日本シリーズ「第8戦」です よ!(笑)
2004年3月12日

> >今日も一日、お疲れ様でした〜♪
> ↑
> ■ふむふむ。今夜は残業なしですね?
> まだまだナイターの時期ではないので、今夜は何をなさるのやら?

■何を暢気なことを言っているのですかぁぁぁぁあああ!!!(絶叫)。
久保さん、今日のプロ野球オープン戦の対戦表を見ていないの?
我ら阪神タイガースの宿敵、福岡ダイエーホークスとの年を跨いだ
プロ野球日本シリーズの「第8戦」が今日、甲子園でDAYゲームとして
執り行われたと言う事実を・・・・(笑)。

えっ、何を往生際の悪いことを言っているって?
そんなことを言い出したり思い付くヤツなんて他にいるかってぇ?
兄さん、そりゃ甘い考えでっせ。関西じゃ、今日は朝から物凄く
盛り上がっていたんですから・・・・・(マジです)。
去年の借りを今日返し、4勝4敗で「逆大手」を賭けてやるってね!(大爆笑)。
もう、ほんとうに、どうして関西の人間はバカ騒ぎが好きなんでしょう!
阪神タイガースファンの諦めの悪さも天下一品!
地元、大阪のテレビ朝日系列ABC朝日放送の朝の番組、「おはよう朝日
です」の司会役で大人気の宮根誠司アナウンサーが甲子園の試合の
前日(木曜日)に、なんと敵地福岡の九州朝日放送に乗り込み、同じ時間枠
に放送している番組へアポなし乱入(笑)。それも、阪神のユニフォーム姿
でね(笑)。何しに来たんや?て表情の彼らに向って発した宮根アナの
セリフは正に甲子園での対ダイエーホークスとの阪神オープン戦「勝利宣言」。
                 ↓
<宮根アナ>「明日の甲子園、日本シリーズ第8戦は勝つ!」
九州朝日放送のスタジオ内の空気を一気に凍らせた宮根アナの爆弾発言(笑)。
ちょっと間を措いて、彼らから帰ってきた言葉は皆、同じだった・・・・。
                 ↓
<九州朝日放送陣>「往生際が悪すぎるけん宮根さん(呆)」
<宮根アナ>「何言うてるねん!まだ決着は付いてないで!」
・・・・更に、呆れ顔を深める九州のアナウンサー達・・・・
<九州朝日放送陣>「そんな風に思ってるの、あなた方だけやけん(^^)」
<宮根アナ>「(聞く耳持たず)明日3/12は、日本シリーズ第8戦。
我々はこれに勝利して、4勝4敗の逆大手を賭けるんですから(^^)」
<九州朝日放送陣>「只のオープン戦を勝手な解釈するなぁ(笑)」
それを受け、更に勢いを増す宮根アナウンサー・・・・(笑)
                 ↓
<宮根アナ>「では、提案があります!」
<九州朝日放送陣>「提案?!」
<宮根アナ>「お互いの朝の番組でリレー中継して、応援合戦をやりましょう!」
実は昨年、日本シリーズ中に大阪と福岡を毎日朝の生放送でリレー中継し、
見苦しいくらい、じゃなかった見事なくらい熱い応援合戦が展開されました(笑)
                 ↓
<九州朝日放送陣>「・・・・何で今やるの?・・・」
<宮根アナ>「日本シリーズ第8戦だから、当たり前じゃないですか!(本気)」
<九州朝日放送陣>「あんたの言ってることって可笑しいから。それに・・・」
<宮根アナ>「それに?」
<九州朝日放送陣>「あんたさぁ、その格好でココまで来たの?」
アナウンサーらしく、スーツ姿での出張とは普段から無縁な宮根アナウンサー。
カチカチの阪神ファンたる氏の姿は熱血阪神ユニフォームだぁ!(笑)。
<宮根アナ>「そうよ、新幹線もこれで乗って来たもん(^^)」
<九州朝日放送陣>「良くまぁ無事に博多の地を踏めたねぇ(笑)。それにしても、
うちの警備員は何をやっているのよほんと、こんな人間を局に通しちゃって(笑)」
<宮根アナ>「ちゃんと、受付で名刺は渡したよ」
<九州朝日放送陣>「いや、そう言う問題じゃないから・・・」
<宮根アナ>「それでさぁ、互いに商品を賭けませんか?そう、地元の特産品を!」
<九州朝日放送陣>「分かりました!その御話、受けましょう!」
<宮根アナ>「では、いざ対決!」
と言ったバカ話が、試合の前日に交わされた訳なんです(^^)。

そして今朝、上機嫌の宮根アナ独壇場の下、根拠の無い幻の日本シリーズ
第8戦の前座、応援合戦が朝7時過ぎの時間に関西と北九州のお茶の間に
届けられました。でも、番組を視聴した印象は、やはり昨年の日本一、
チャンピオンチームを応援するホークスファンが、阪神ファンの意固地な
バカ騒ぎに「同情」して、御付き合いしてやっているって感じが凄く伝わって
きました。てめらぁ、俺ら阪神ファンをナメテっと、痛い目に遭うぜぇぇぇぇ!
もしや、忘れたとは言わせないぜ。4勝3敗で、やっとこさ勝利したってことを。
ぶっちぎりで勝った訳じゃないんだぜ。見ていろ、ギャフンと言わしてやる!
と、朝の段階までは私も調子良かったんだけどねぇぇぇ・・・・・・・・。

そう、今日の試合、惜しくも負けてしまいました(TT)。
くそぅ、アレだけ派手に騒いだ我ら阪神ファンが悪かったのか(笑)。
妙な盛り上がりを見せただけに、普段は興味の無かったオープン戦の結果が
惜しまれて・・・・ちぇ、バカだよなぁ、俺ら阪神ファンてヤツ・・・・空しい(笑)。
結局、互いの番組で賭けた品は、みんな九州へ持っていかれてしまった。
この雪辱を晴らさん為に、オィ、ダイエーホークス。
てめら、今年も必ずパ・リーグ制覇して日本シリーズに出て来いよ!
今年も阪神タイガースが対戦相手だ、間違い無い(笑)。
首を洗って待っておれ!秋に必ず再会しよう!

久々の阪神タイガースのネタ文、如何だったでしょうか(^^)。
もう直ぐ今シーズン開幕ですが、この文で久保さんのテンションも上昇したかな?
アホなボケ文連発、以上、姫路からの阪神情報でした〜♪


偉大な師父たるシニア・ライダーの愛馬、転倒事故より復活!
2004年2月1日 13:37

おこんばんわぁ!久保さん、スキーは堪能しましたかぁ(笑)。
風の旅人、原田 圭一です!

おっと、そんな事を言っている場合じゃなかったわ。
ワタクシのパパ、偉大な師父たるシニア・ライダーの愛馬、
ハーレー・ダビットソン・ソフィテールデュースが昨年10月19日の
鳥取・大山ツーリング中の転倒事故より漸く1月31日に復活を遂げました!
・・・・・・・ダ、大歓喜ィィィ・・・・・・(笑)。

ゴッホン、嬉しさの余り、ちょっと舞い上がってしまいました(^^)。

「えっ、バイクなんて直ぐに修理済みでは無かったの?」と思われた
のではありませんか。確かにね、その考えは間違いじゃありません。
親父が乗っているバイクが「国産車」ならばねって注釈付きですけど・・・。

普通車同様、二輪車も国産メーカー物なら大概の部品は2日から最長で
1週間位で手に入れることが出来ます。まぁ、メーカーに自分のバイクの
部品在庫があればの話ですが、絶版車では無く、現在発売中なモデルなら
先ず間違い無く在庫はありますので、殆ど待たされることなく修理部品を
手に入れることが出来るのです。しかし、・・・・外車は違います。
私も以前に乗っていたハーレーが壊れた時に経験済みですが、
ハーレーは修理に時間が掛かるのです。それも国産車では考えられない
くらいにです。正しく言えば、修理に必要な部品がメーカーから送られて
くる待ち時間が日本人の感覚からすれば長すぎると言う事・・・・。
私の場合、以前乗っていたハーレーの油圧ブレーキ・ホースが走行中に
破損し、走行不能になったことがあるんですが、交換作業が5分で済む
のに、肝心のブレーキ・ホースが国内に無く、アメリカのハーレー本社から
送られてくるのを待つ事になりました。私は1週間から2週間くらいで
修理から帰ってくると思っていたのに、ホースはオーダーを受けてから
一ヵ月半以上を経て送られてきました(怒)。

「こぉらぁぁぁ!この糞アメリカ野郎!日本人をなめるなぁぁぁ!」
これが原因で、私はカワサキ乗りに転じました(大爆笑)
(・・・嘘ですよ、大嘘(笑)。信じないようにね・・・)

今回の事故による親父のバイクの損傷箇所は多数に及びましたが、
骨格を形成するフレーム、そして動力たるエンジンにダメージは無く、
概観の一部に傷が生じた程度で済みました。
しかし、バイク左側のクラッチ・レバー、クラッチ・ペダル及び左足ステップ
ペダルが折れて破損、ハンドルの変形、油圧ホースの断裂、左指示器ランプ
破損、燃料タンク破損など、到底自走は不可能なくらい酷い姿になりました。
親父も御存知の通り、転倒によって腰を強打し、暫くは満足にも動けない
有様。誰も巻き込まず、命も無事でしたから結果オーライってことですね。
それでも、やはり打身と言うのは骨折より回復に時間が掛かるようで、
ましてや私や久保さんみたいに若く無く高齢な親父は、つい最近まで強打した
腰を庇うような、ビッコを引いた歩き方をしていたんですが、1月の終わり
くらいになって、やっと人並みに違和感の無い普通の歩き方が出来るように
なりました。そこへ、バイク・ショップから多忙の知らせが舞い込んだのです。

「ほな、ちょっと完成具合を見てくるわな」と嬉しそうな声を挙げながら、
仕事途中で抜け出す親父(笑)。1月31日(土)の午前中、会社で親父の
携帯にバイク屋から連絡が入りました。「長い間、お待たせしました。他の
部品は年内に入荷していたのに、肝心の燃料タンクが入荷せず、1月30日の
夕方にやっとアメリカ・ミルウォーキー州のハーレー本社からタンクが送られて
来まして、この日夜遅くまで頑張りまして原田さんのソフィテールデュースを
完成させました。もう、何時取りに来て頂いても結構です」と店長談。
事故から早や年を跨いで約3ヶ月半、全く何時まで待たせるんだよって、
親子で愚痴る日々を過ごしていたんですよ。相変わらず、アメリカ人は
雑な商売をしているなぁって、納得してしまいました(笑)。

推測の域を出ませんが、燃料タンクに関しては、年内は恐らく何の準備も
していなかったと思います。彼らにはクリスマス休暇がありますから、
年明けの仕事も、つい数日前からってことでしょう。予定だけ年内に経て、
オーダーを受けたタンクを仕事始めに作り上げ、空輸して到着したのが
30日夕方だったと・・・・これが、日本のメーカーが行っていた行為なら、
間違い無くユーザーから怠慢とか、罵られていた事でしょうね(^^)。
ヘタをすれば、訴えられますよ本当に!

幾等ライダーにとって憧れの存在、ステイタス・シンボルかも知れませんが、
私は御免です。それほど、気が長く無い性分なもんで待てません(笑)。
壊れても、直ぐに修理対応が聞く「メイド・イン・ジャパン」で結構です。
まぁ、冗談はさて置き、これで親子ライダー復活です!
どうも、色々と御心配をお掛けしました。

しかし、嬉しさ反面、親子の喜びに冷水を掛けさせる出来事が・・・・。
そう、修理費の請求額を見て、現実を思い知りました・・・・。
請求書に書かれていた修理金額は約60万円也(TT)・・・。
「ハァ、さぁてとぉ、また鬼のように残業して銭稼がなアカンでぇ・・・」と
私が遠い目をしながら言うと、「・・・ウン・・・」と小さく頷くだけな父(TT)。

「いやぁ、転倒って、本当に恐ろしいもんですねぇ」と某映画評論家調に、
スベるボケネタを心で呟き、これで原田家のバイクも新年を始動出来ると、
改めて実感させられた1月末の出来事でした。